地理院地図の検索によれば「財田」という地名は三か所にある。北から北海道虻田郡洞爺湖町財田(たからだ)、岡山県上道郡財田(さいでん)町、香川県三豊郡財田(さいた)町だ。このうち瀬戸内二県の財田町は今はなく、両地区とも「財田小学校」が今にその名を伝えている。
本日は岡山県の旧財田町にあった二つの駅を紹介しよう。

岡山市東区西大寺上1丁目の両備バス西大寺バスセンターに「旧西大寺鉄道 財田駅舎」がある。
ただしこの地は旧西大寺市駅のあった場所で、旧財田駅は現在の東岡山駅(かつての西大寺駅)にあった。駅舎だけが移築されているのだ。その昔は近くの地名から長岡駅と言ったが、信越本線の長岡駅と紛らわしいので、当時の村名をとって財田駅と改称された。国鉄から西大寺鉄道に乗り換える人は財田駅を利用していた。財田村のターミナル駅、それが財田駅であった。

岡山市中区米田の長利遊園地に「長利駅跡」がある。地名は米田だが、長利の集落のすぐ近くにあった。その昔は岩間駅と言ったが、常磐線の岩間駅と紛らわしいので改称された。岩間は米田を構成する集落名である。
かつての財田村は明治22年に発足し、昭和25年に町制を施行、同29年に岡山市に編入された。どのような村だったのか。人事興信所編『大日本市町村案内』人事興信所出版部(昭11)では、次のように紹介されている。
財田(サイデン)村
戸数……六八五
郵集…長岡
人口……三〇一九
警察…西大寺
税務…西大寺
登記…岡山区西大寺
長岡・四御神・長利・下・土田・乙多見・神下・米田
山陽本…西大寺駅…バス
西大寺…財田駅・長利駅
地誌…旧名財荘或は吉富庄と称す
名所…岩間桜
官衙…長岡局
学校…財田尋高
運送…西大寺運送(株)
西大寺鉄道は明治44年に開業。財田駅(当時は長岡駅)、長利駅(当時は岩間駅)も同時に設けられた。名所として紹介されているのが「岩間桜」だ。かなり有名だったようで、当時の鉄道省も次のように紹介している。鉄道省編『日本案内記 中国・四国篇』(鉄道省、昭和9)「三石岡山間」を読んでみよう。
【岩間浅黄桜】
西大寺鉄道長利駅の南約半粁、財田村岩間最明寺の境内にあり、花の中から葉を出すので不思議とされて居る。境内は桜の名所である。
最寄駅は長利駅だった。岩間最明寺へ案内するために岩間駅と称していたのだろうか。浅黄桜は花の中から葉を出すというから実に不思議だ。
ただし「浅黄桜」は御衣黄(ギョイコウ)という桜の古名であり、しかも御衣黄は緑の花をつけるので、「花の中から葉を出す」と見えても不思議ではない。
岩間最明寺はその名から分かるように最明寺入道北条時頼ゆかりの古刹で、正確には岩間山最明寺山本院という。春は今も桜がきれいだそうだが、「岩間浅黄桜」の現状はよく分からない。
かつては鉄道省の名所案内を片手に西大寺鉄道長利駅を降り、岩間最明寺を訪ねる人もいたであろう。旅人は古き良き日本の風景の中を歩んだのであった。

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