幕末

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幕府使者の理不尽な死

文久二年(すでに1863)十二月五日、幕府は攘夷を奉勅した。破約攘夷の文久国是が確立したのである。しかしながら、解釈によって国論は二分されていく。いや幕府をはじめ大半の藩は、攻撃された場合に迎え撃つ「襲来打払」という常識的な考えだったが、朝...
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日本初の本格木造復元天守

二宮金次郎なら近くの古くからある小学校にいた。薪を背負って『大学』読んでいる勤勉な姿は、混迷の世をひたむきに生きる私たちを勇気付けてくれる。もっとも、ランドセルを背負ってスマホを見ている小学生も同じ姿勢に見えるが、これでいいのだろうか。本日...
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岡山城下町が通過できなかった頃

長州征伐の失敗が幕府崩壊、明治維新を導いたことは疑いない。ならば、長州藩に対して武力を行使しなければ、幕府は存続し得たのだろうか。傍若無人にトラブルを引き起こす長州藩を放っておけただろうか。各藩もまた対応に苦慮していた。長州藩の唱える尊王攘...
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井原を彩る近世の武士たち

今年の日本外交はどうなるのか。岩屋外相は中国の王毅外相の来日に合わせて日中韓の外相会議を実現したいと言っている。米国トランプ新政権の対中国政策が厳しくなることが予想される中、経済的に深くつながる三か国が連携することに大きな意味があるだろう。...
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渋沢栄一ゆかりの備中興譲館

興譲館高校は女子駅伝の強豪として知られているが、学校の淵源は幕末に遡る。令和3年の大河『青天を衝け』第18回の紀行で「興譲館」が紹介された。見ていないが、この回では渋沢栄一が備中の興譲館を訪ね、館長の阪谷朗廬(さかたにろうろ)と面会するシー...
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維新の種火となった生野の烽火

三菱重工ビル爆破事件から今年で50年。現場は今の丸の内二丁目ビルである。このビルが文部科学省ビルだった頃に、半年ほど勤めたことがある。凄惨なテロがあったとは思えないようなアーバンな雰囲気だった。一般人を標的にした無差別テロは人道に反する。愛...
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無用の長物だった砲台

文久二年十二月五日(すでに1863年)をもって我が国の国是は攘夷となった。幕府が勅を奉じて攘夷を行うことを約したのである。このため文久三年は五月十日の攘夷決行日、八月十三日の攘夷親征と盛り上がったが、同月十八日の政変で破約攘夷の急進派が追放...
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富足ゆかむ春ぞ来むかふ

ストレートな思いが若者言葉や英語に訳しやすいと評判で、元号の出典として高く評価される『万葉集』。今年は「和歌の浦誕生1300年」という記念の年に当たる。神亀元年(724)、この年に即位した聖武天皇が和歌の浦に行幸して1300年。帝に随行した...
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鳥ヶ乢で鳴いたコケコーロー

ココリコはお笑いコンビかと思ったら、ニワトリの鳴き声であった。フランスではCo Co Ricoと朝を告げているのだとか。我が国でもコケコッコーとなくようになったのは近代であって、古代から中世にかけてはカケロ、近世にはトーテンコーと鳴いていた...
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ありがとう十五夜丹蔵

岡山県出身の関取がしばらく出ていない。私が強く印象に残っているのは鷲羽山で、小兵ながら技能派として館内を沸かせたものだ。四股名のとおり鷲羽山がある児島の出身である。他にも昔、常ノ山という技能派力士もおり、児島には常山という山もあるが、こちら...