「栗よりうまい十三里」とはいえ、やはりこの時期のスイーツは栗だろ、と先日行ったカフェで栗を添えた季節のフィーユをいただいて感激した。それでも念のためにと、サツマイモスイーツを探してみると、シャトレーゼ「焼き芋みたいなケーキ」、スターバックスコーヒー「紅はるかと安納芋の焼き蜜芋ケーキ」が目に留まり、考えを改めようかと思っている。
サツマイモでトップシェアを誇るのは紅はるかで、ねっとり甘蜜系ブームを牽引しているそうだ。うちの近くのスーパーでは、鳴戸金時や安納芋をよく見かける。気にしてみると様々な品種やブランドがあるものだ。これもひとえに先人の努力のおかげ。本日は広島市内で見かけた顕彰碑をレポートする。

広島市安芸区矢野西五丁目の尾崎神社境内に「甘藷之碑」がある。
我が国の歴史には米や綿など、社会変革をもたらした作物が時々登場する。甘藷ことサツマイモもそうだ。作りやすく、どこでも作れ、保存もしやすいと三拍子揃った優れもので、飢饉のリスクを大きく低減させた。この碑にも何らかの感謝が記されているのだろう。碑文を書き写してみよう。
七福芋者一名亜米利加芋明治三十三
年本村久保田勇次郎氏従北米合衆国
齎帰其味甘美而適常食且耐久蔵寔優
旧種是以栽者年加遂至見今日之盛況
昔者青木昆陽尽力於甘藷之普及世人
徳焉称甘藷先生久保田氏之功蓋有亜
之者矣頃者有志者胥謀建碑為記念嘱
文於余乃誌其梗概云
矢野村長伊藤冨三郎撰併書
「七福芋」は一名「アメリカ芋」とも言い、明治33年(1900)に我が矢野村の久保田勇次郎氏が北米合衆国から持ち帰ったものである。その味は甘美で常食に適しており、かつ耐久性があるため従来の品種より保存に優れている。これにより栽培する農家が年を追って加わり、今日の盛況を見るに至った。昔は青木昆陽が甘藷の普及に尽力し、世の人々はその徳により甘藷先生と称えた。久保田氏の功績はこれに類するものがある。近頃、有志が互いに相談して記念碑を建てることとなり、私に撰文を依頼してきたので概要を記したのである。
アメリカから優れた性質の種芋を持ち帰って普及させた久保田勇次郎氏を、青木昆陽先生に匹敵する功績だと称えている。説明板も読んでみよう。
甘藷之碑
久保田勇次郎の顕彰碑は大正4年(1915)の建立。ここにも「進取の気性に富む」人がいた。意欲的に新しい事をする、持って生まれた性質の人である。昔、救荒(不作で困っている人を救う)作物として、いもを推奨(勧める)した「甘藷先生」こと(つまり)青木昆陽(江戸中期の儒者)をはじめ、いも代官、いも地蔵と称される先達がいた。勇次郎の功績もこれに次ぐものである。
明治28年(1895)オーストラリアから「三徳藷(さんとくいも)」を、さらに明治33年アメリカから秘かに「七福藷(しちふくいも)」を持ち帰った。美味で常食に適すなど、七つのメリット(長所)による命名である。時の農商務省は七福藷を優良品種として各府県へ配布した。代用食のほかにガソリンの代替え燃料資源として「甘藷増産運動」が展開された。
平成29年(2017)8月吉日
矢野町郷土史研究サークル 発喜会
甘藷先生については「さつまいも先生の業績」と「栗より美味いスイーツ」で、いも代官については「食料安全保障の神様」でレポートしている。米に次いで感謝されている作物だ。
久保田氏はオーストラリアからは三徳いも、アメリカからは七福いもという品種を持ち帰った。三徳は作りやすく、どこでも作れ、保存もしやすいという三つの特長から命名された。いっぽう七福は環境適応性、安定性、貯蔵性、食味に加えて、イタリアからアメリカ、日本へと伝来したことが表現されている。
三徳はその後「源氏」という名で普及し、現在はその変異種「蔓無源氏」が焼酎の原料になっている。七福は白いもともあめりか芋とも呼ばれ、新居大島(にいおおしま)や新島(にいじま)で栽培されている。新居浜市には七福芋本舗というお店があり、美味しく加工された商品が売られている。気になるのは「太陽の白いもプリン」。上品でねっとりとした食感だそうだ。やはり、栗よりうまい十三里なのかもしれない。

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