安土桃山

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龍宮門をくぐると高校だった

お城と学校の相性はよく、篠山城の中には丹波篠山市立篠山小学校が、高田城の中には上越教育大学附属中学校がある。かつて金沢大学が金沢城にあり、岡山一中が岡山城にあった。おそらく街の中心部に広大な土地を確保できるという利点があるからだろう。浅口市...
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三村氏配下にあった美袋の城

備中の覇者三村氏が滅んだのは、主家毛利氏に謀反したからだが、そこに至る過程は大河ドラマにしてもよいくらいだ。発端は、永禄九年(1566)に三村家親が宇喜多直家が放った狙撃手によって暗殺されたことだ。永禄十年(1567)、子の元親は仇討のため...
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小一郎秀長が陣所とした山

半年ぶりにポストを再開します。ブログ移行に伴う不具合を修正するのに、ずいぶんと時間が経ってしまいました。これから少しずつ書き継いでまいります。再開第一弾は大河「豊臣兄弟!」にちなんで、豊臣秀長ゆかりの地からのレポートです。リーダーがいくら優...
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太閤殿下の税制優遇

納税者が国や地方公共団体、特定公益増進法人などに対し、特定寄附金を支出した場合には、所得控除を受けることができるという。所得税の寄付金控除である。公のために貢献すれば、税が軽減されるということだ。税制優遇は、歴史上いくらでもあった。小野市河...
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宍粟を守った宇野氏の支城

播磨北西部の宍粟郡を支配した宇野一族。宇野政頼はあろうことか羽柴秀吉に敵対するのである。後世から見れば選択を誤ったのだが、当時の毛利氏は強大であり、これと敵対するリスクのほうが大きかったのだろう。過去の記事「進退窮まった武将の最期」で紹介し...
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諸国山城御停止の命により廃城?

元和偃武はパクストクガワーナの始まりとして高く評価できる。特に一国一城令は戦国の終焉を告げる象徴的な法令といえよう。そもそも偃武には武装解除という意味があるそうだ。ノーベル平和賞級の意義ある出来事であった。現代にあっても基地問題は、日本、と...
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毛利氏勝利に貢献した勝尾山

戦国のもののふは、鰹節を「勝男武士」と書いて験を担いだという。葦をヨシと読んだり、するめをアタリメと呼ぶのと同じ類だろうか。そう思って調べてみると、お刺身をお造り、河豚をフク、梨を有りの実と呼ぶのも同じだそうだ。本日訪れるのは「勝尾」、吉備...
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毛利勢が奪取した備中の山城

山城の真価は登って初めて理解できる。本日紹介する忍山城の真下を吉備新線(岡山県道72号岡山賀陽線)の上高田トンネルが貫通しており、幾度となく通行していた。しかし、トンネルの上に城跡があるなど、想像すらできなかった。山深い場所だが、道路からの...
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常山城の底無井戸と千人岩

「白髪三千丈」という表現がある。三千丈は9000m。髪の毛の長さとして、あり得ない。出典となった唐詩「秋浦歌其十五」でば、「愁いに縁(よ)りて箇(か)くの似(ごと)く長し」と続く。作者李白は、帝室の争いに巻き込まれた不遇の身を、少々ユーモア...
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城跡と富士を楽しみアルプス縦走へ

山梨県は富士山のオーバーツーリズム対策として、登山鉄道の敷設に動き出している。既存の道路に軌道を敷設し、自動車を排除することで排ガスによる環境負荷を軽減するとともに、交通手段を完全予約制の鉄道のみとして来訪者数を抑制する。発想はよいのだが、...