お城と学校の相性はよく、篠山城の中には丹波篠山市立篠山小学校が、高田城の中には上越教育大学附属中学校がある。かつて金沢大学が金沢城にあり、岡山一中が岡山城にあった。おそらく街の中心部に広大な土地を確保できるという利点があるからだろう。

浅口市鴨方町鴨方に「龍宮門」がある。確かに竜宮城の門である。
竜宮造の建造物なら「竜宮城は近代建築だった」で紹介した国重文「武雄温泉楼門」だろう。赤間神宮水天門(国登録有形文化財)も有名だ。異世界を思わせる意匠の門は、どちらも近代建築ながら文化財指定されている。
竜宮門をくぐれば竜宮城なり何らかの建造物があるはずだが、ここ鴨方では門の向こうにあるのは広場だけ。いったいどういうことだろうか。説明板を読んでみよう。
浅口市指定文化財 龍宮門
もとこの地には、元亀年間(一五七〇~七二)に創立した正伝寺という真宗の寺があった。
この寺は、明治三十年に廃寺となったが、唐門はそのまま保存された。
その跡地に学校が建ち、お寺の門は校門として使い、龍宮門の愛称で親しまれている。
重層、入母屋造の楼門で、通し柱、鳥衾をのせた鬼瓦、丹塗りの桁や垂木、純白なアーチ型の大壁、下部に瓦をはりつけた生子壁は、あざやかで、桃山時代の建築様式を、今に残すものである。
浅口市教育委員会 浅口市文化財保護委員会
なるほど、かつてはお寺の門だったが廃寺となり、その跡地に学校が建てられてからは、校門として活用されたという。その学校とは県立鴨方高等学校。昭和51年に現在地に移転を完了するまで、生徒が竜宮門をくぐっていた。生徒は浦島太郎のように夢見心地だった、なんてことはないだろう。
お寺の跡に建てられたように書いているが、校地の大部分は鴨方藩の政務を司っていた御用場や陣屋の跡地であった。堀に囲まれたお城ではないが、旧藩の施設はやはり使い勝手が良い。
龍宮門の向こうの広場には、すべり台やブランコなどの遊具がある。近所の子どもたちが遊びに来るのだろう。門をくぐるとウキウキする気分になれる。龍宮門の存在意義は今こそ大きいと言えよう。

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