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江戸中期

加賀百万石と備前金川との深い絆

石高1万石以上は大名と呼ばれ、独立した藩主としての格式を誇ることができる。1万石ぎりぎりでも頑張ったことで良かったのは、明治になって華族となり爵位を与えられたことだ。ところが、1万石以上の領知を有するのに、なかなか華族として認められなかった...
戦後

祝・モンサンミシェル建造開始1000年!

「死ぬまでに行きたい」と形容される絶景スポットに、モンサンミシェルがある。今年は建造開始1000年のメモリアルイヤーで、マクロン大統領は現地で「モンサンミシェルはフランスが大きくなるにつれて高くなった」と礼賛したそうだ。岡山市東区正儀(まさ...
明治

祝・三世一身の法1300年!

今年は723年(養老七年)の三世一身の法から1300年となる。人口増加による口分田不足を解決するため、田地を開墾した者には、期限付きで土地の私有を認めることにしたのだ。『続日本紀』養老七年四月十七日条には、次のように記されている。太政官奏す...
戦国

亀寿山城を制すれば備後を制す

昨年起きたクリミア大橋爆破は、「敵から遮断しなければならない物流ルートだったので、適切な措置が取られた」と、ウクライナ当局が関与を認めた。敵の移動や補給を断つこと。これは戦争の定石である。中世日本の山城もまた同じ。物流ルートに睨みを利かすこ...
幕末

一揆勢が向かった虫明様の茶屋

江戸時代に頻発した百姓一揆。要求を貫徹するための示威行動であるから、一揆勢は御城下を目指して進軍した。その具体例はアーカイブズ「数の圧力で妥協を引き出す」でレポートした。鳥取藩元文一揆である。岡山藩で起きた渋染一揆は人権闘争の金字塔であり、...
江戸前期

謎の切支丹武将の隠棲伝説

大坂の陣で秀頼を守った五人衆とは、真田信繁、後藤基次、毛利勝永、長宗我部盛親、明石全登である。敗者の最期は、真田と後藤が討死、毛利は秀頼介錯後に自害、長宗我部は捕縛後に斬首であった。ただ明石全登、通称掃部(かもん)のみ逃亡に成功したという。...
飛鳥

失われた鴟尾を求めて

淡路島で「かわら焼」を食べたことがある。焼けるのに時間はかかるが、待つのも楽しみ。暇だから、こんなことを考えていた。子どもの頃の夏、家の前で遊んでいたら屋根にボールが引っかかってしまい、瓦の上を裸足で歩くことになった。あーちーちー熱っ!だっ...
古墳

前方後円墳+横穴式石室

前方後円墳+竪穴式石室、円墳+横穴式石室という組合せはよく見かけるが、前方後円墳+横穴式石室は珍しい。見学する立場で言えば、墳形は前方後円墳がいちばん古墳らしく見えるし、薄気味悪い石室があるほうがドキドキする。つまり、いいとこどりの古墳であ...
飛鳥

完存する古代の登り窯

『ハルカの陶』という陶芸コミックがあり、映画化されて備前市は大いに盛り上がった。備前焼は私もいくつか持っているが、その素朴で飽きの来ない美しさが魅力だ。ルーツをたどると須恵器にさかのぼるそうだ。「陶」も「須恵」も「すえ」と読み、陶器を意味す...
江戸後期

柞葉(ははそは)の母をおもへば

自己啓発本が売れるのは米国と日本ばかりで、欧州にはあまりないそうだ。有名な古典『フランクリン自伝』は自己啓発本の元祖で、要はおじさんの自慢話なのだという。自慢話が好きなおじさんは、確かにセルフイメージが高い。俺ってすごいぜ、と他人にアピール...