深い歌枕「小夜の中山」

宇都宮は餃子の街かと思ったら、百人一首にも深いゆかりがあるという。この地で中世を生き抜いた宇都宮氏の五代当主頼綱は歌に秀で、あの藤原定家と親交があった。自分の娘を定家の息子に嫁がせるほどであった。

また頼綱は、北条時政の娘(母は牧の方)を妻としていた。このことは牧氏の変で不利に働き、謀反の嫌疑をかけられることになる。窮した頼綱は出家して実信房蓮生(じっしんぼうれんしょう)と号し、京嵯峨野の中院亭に隠棲した。定家の時雨亭も近くにあったらしい。

頼綱の蓮生法師は「定家先生、どうか我が山荘を飾る色紙を書いていただけませんでしょうか」「貴殿のご依頼をお断りできましょうか。古今の名歌から選りすぐって書いて差し上げましょう」こうして百人一首が誕生していくこととなる。蓮生法師の功績誠に大なりといふべし。

掛川市佐夜鹿に「蓮生法師歌碑」がある。

本貫地宇都宮から鎌倉そして京へと、鎌倉御家人であるがゆえの忙しさがあっただろう。この小夜の中山峠をどのような思いで越えたのだろうか。歌と解釈が説明板にある。

甲斐が嶺は
はや雪しろし神無月
しぐれてこゆるさやの中山
(蓮生法師・続後選和歌集)
遙か甲斐の白根の峰々は雪で白い。今、神無月(十月)、時雨の中、さやの中山を越えることだ。

今は「さよ」というが、昔は「さや」であった。この地が古代から佐野(さや)郡と呼ばれたことに由来するが、近世からは「さよ」と変化したようだ。「さやの中山」は東海道の難所の一つで歌枕であった。

東西に長い山の両端は急だが、頂部の尾根筋は気持ちよく歩くことができる。息を切らして急坂を登り見晴らしの好い場所で落ち着いたら、詩情も湧いてくるだろう。

「甲斐が嶺」も歌枕で、甲斐の白根三山を指すという。実際には見えないらしいし、雨が降る日に見えるわけがない。歌枕は作者が見たり訪れたりしたとは限らない。誰もがイメージの湧く歌枕を入れることで、歌意に深さや広がりが生まれる効果を狙っているのだ。

『続後撰和歌集』十九羇旅に、次のように掲載されている。

神無月の比あつまのかたへまかりけるにさやの中山にて時雨のしけれはよめる
かひかねははや雪しろし神な月しくれて過るさやの中山

峠を越える私に通り雨が降りかかる。ああ、なんてついてないんだ。肌寒く感じるのも、そりゃそうだ、甲斐の山々が雪を頂く十月だからな。これから私はどうなっていくのだろう。

そんな失意の中で歩いているように感じるのは、私だけだろうか。作品鑑賞は、自分の置かれた環境に大きく左右される。私も今日はそっと雨。気を取り直して、法師とは逆に西へと歩いてみよう。

掛川市佐夜鹿と八坂の境に「松尾芭蕉句碑」がある。

貞享元年(1684年)8月、江戸深川を出発した芭蕉は東海道を西に向かった。江戸、箱根、富士川、大井川で作句し、いよいよ小夜の中山にやってきた。説明板を読んでみよう。

馬に寝て 残夢月遠し 茶のけぶり
(松尾芭蕉・野ざらし紀行)
早立ちの馬上で 馬ともども目覚めが悪く 残りの夢を見るように とぼとぼと歩いている。
有明の月は遠くの山の端に かかり日坂の里から 朝茶の用意の煙りが 細く上がっている。

ここは地の文を読んだほうが理解が深まるだろう。『野ざらし紀行』より

二十日あまりの月かすかに見えて、山の根際(ねぎわ)いとくらきに、馬上に鞭をたれて、数里いまだ鶏鳴ならず。杜牧が早行の残夢、小夜の中山に至りて忽ち驚く。
馬に寐て残夢月遠し茶のけむり

二十日過ぎで細くなった有明の月のもと、暗い山際をウトウト馬に揺られながら数里進んだが、まだ夜は明けない。杜牧「早行」で描かれたように、小夜の中山でビクッとして正気に戻った。
明け方の馬上で夢心地に進み、小夜の中山で目が覚めた。有明の月が遠くに見え、日坂の里からは茶煙が上がっている。

高名な唐詩人、杜牧の五言律詩「早行」を鑑賞してみよう。

垂鞭信馬行
数里未鶏鳴
林下帯残夢
葉飛時忽驚
霜凝孤鶴迥
月暁遠山横
僮僕休辞険
何時世路平

鞭を垂れて馬に信(まか)せて行く
数里未だ鶏鳴ならず
林下残夢を帯び
葉飛びて時に忽ち驚く
霜凝(こご)りて孤鶴(こかく)迥(はる)かに
月暁(あかつき)にして遠山横たふ
僮僕(どうぼく)険を辞するを休(や)めよ
何れの時か世路(せろ)平らかならん

鞭を垂れ馬上に身を委ねる。数里行っても、まだ夜明けは来ない。木立をウトウトしながら進んでいると、木の葉の散る音でビクッと正気に戻った。霜が凍った向こうに鶴が一羽。明け方の月がぼんやりと見え、遠くに山が横たわる。従者よ、さっきから「険しくてしんどい」と愚痴っているが、やめなさい。この世の歴史が平坦だったことがあるだろうか。

「垂鞭」「鶏鳴」「残夢」「忽驚」と杜牧の言葉を取り入れて時空を広げ、「茶のけむり」とご当地らしさを醸し出している。先人をリスペクトしながら、旅先の光景に新たな視点を提案している。

小夜の中山は旧東海道の難所の一つで、今は茶畑が美しい地方道である。この峠から蓮生法師は甲斐の山々に、芭蕉翁は唐詩に思いを馳せた。誠に歌枕に相応しい情趣あふれる地であることよ。

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