皇室典範改正が大詰めを迎えている。静謐だとか総意だとか言われているが、多くのマスコミが疑義を呈する状況である。要するに今回の改正は「女性・女系天皇阻止」が最大の眼目である。そのために、旧宮家から男系男子の養子を迎えるだとか女性皇族の配偶者は皇族として認めないだとか、人を使い勝手のよいコマとしか考えておらず、現皇室の方々への敬意が全く感じられない。歴代の陛下が築かれた国民との紐帯を将来にわたって維持することが、この国の美しさを守ることである。君民一体の国体を維持するには、36~38親等離れた一般国民を皇族に仕立てるのではなく、現在の女性皇族の配偶者も皇族として女性・女系天皇に道を開くべきであろう。この国の保守政治家には攘夷を主張する者はいても、真の尊皇家はいないと見える。このまま亡国の道を進んでよいのか。国は外圧では滅びない。天は自ら滅ぼす者を滅ぼすのである。
本日は、天皇になろうとして逆賊の汚名を着せられた平親王将門のお話である。

掛川市大池の十九首塚史跡公園に「十九首塚」がある。すぐ隣は「十九首」という行政地名であり、公式には「じゅうくしゅ」と読むが地元では「じゅうくしょ」と言うそうだ。
真ん中の古い五輪塔が平将門、それを囲んでいるのが一族郎党の墓標である。五輪塔も含めて19基あるので十九首塚と呼ぶのだろう。関東には将門ゆかりの場所はたくさんあるが、東海では珍しい。どのようなゆかりがあるのか、説明板を読んでみよう。
十九首塚(じゅうくしょつか)の由来
ここは「平将門」の首級を祀る十九首塚です。
人皇六十一代朱雀天皇の御代、関東下総の国(茨城県)相馬郡猿島に、桓武天皇の五代の孫で、相馬小太郎将門という武将がおりました。
承平五年(西暦九三五年)、一族の内訌を契機として、将門は、常陸を始め関東一円を占拠、自から新皇と称し律令国家に対抗する国家を企てた。この叛乱に、朝廷から大規模な将門征討が興され、平貞盛、藤原秀郷らにより、将門は天慶三年(西暦九四〇年)二月十四日滅ぼされました(天慶の乱)。秀郷は将門をはじめ一門の家臣十九人の首級を持って京に上る途中掛川の宿まで来ました。一方、京からは検視の勅使が派遣されこの地(現在の十九首町)の小川(東光寺南血洗川)で首を洗い、橋に架け検視を受けました。首実検の後、秀郷は『将門は逆臣なりとも、名門の出である。その罪重しといえども、今や滅びて亡し。その死屍に鞭打つは礼に非ず。』と十九の首を別々に埋葬し、懇ろに供養しました。時は天慶三年八月十五日でありました。
この後、歳月の流れと土地開発等の為、移動し現在地に移りました。ここ十九首塚には、葬られた十九人の詳細な名前が残されています。
地名の由来も十九の首塚があったところから十九首町と呼ぶようになりました。
町民は、首塚を町の守り神として春秋二季の彼岸と八月十五日の命日には供養祭を行い、今日まで続いております。
平成十四年三月
一般に将門は相馬小次郎と呼ばれるが、ここでは小太郎だ。彼を囲む墓標に刻まれた一族郎党の名を左から順に確認しておこう。
堀江入道周鑒
東三郎氏敦
大須賀平内時茂
長狭七郎保時
隅田九郎将貞
隅田忠次直文
鷲沼太郎光武
鷲沼庄司光則
武藤五郎貞世
坂上遂高
藤原玄明
藤原玄茂
御厨別当文屋好兼
御厨別当多治経明
大葦原六郎将武
大葦原五郎将為
大葦原四郎将平
御厨三郎将頼
このうち私が知っているのは藤原玄明(はるあき)だ。大河『風と雲と虹と』では草刈正雄が演じていた。アウトローな雰囲気のある役柄だった。『将門記』では「素為国乱人、為民之毒害也」(もともと国を乱す輩で、民に害毒を及ぼす)と酷評されている。こうした連中の面倒見がよかったのが将門である。
結束力の強い反乱軍は次々と国府を占領。関八州を制した将門は「新皇」を名乗り、独自の除目を行った。上記18名のうち、将頼を下野守、将為を下総守、将武を伊豆守、多治経明を上野守に任じている。
しかし坂東王国は長続きしない。将門はいとこの貞盛と藤原秀郷の連合軍に討ち取られ、首は京で晒される。将門のかつての主でもあった摂政藤原忠平の日記『貞信公記』には、次のように記録されている。(天慶三年四月二十五日条)
下野押領使藤原秀郷、賊首平将門ノ首ヲ上ル、尋デ、之ヲ東市ニ梟ス、
これにより将門の首は、秀郷によって京に運ばれたことは確かなのだが、遠州掛川では運ぶ途中で埋葬したと伝えている。8月15日というのもお盆に合わせたかのようだ。有名な大手町の将門塚をはじめ、多くの場所で将門の霊を慰めている。このブログでも「真説・平将門墓所」で胴塚を紹介したことがある。1100年もの時を経ても将門への思慕は尽きることがない。
将門は桓武天皇の5世孫であり、同時代の朱雀天皇とは11親等離れているに過ぎない。なのに誅伐されてしまった。今我が国は三十数親等も離れた方でも即位できるようにしているが、将門の心中如何許りかとお察し申し上げる次第である。

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