gyokuzan

江戸後期

海峡に名を残した人

てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた安西冬衛の「春」という一行詩である。はかない蝶が荒々しい韃靼海峡を渡る。大小、強弱の見事な対比、見たこともない風景なのに見た記憶となるように映像化できる。そもそも韃靼海峡という名称自体で想像が掻き立てられ...
戦前戦中

無差別爆撃の記憶

中国の重慶、ドイツのドレスデン、そして日本の東京。世界三大空襲というつもりはないが、無差別爆撃に曝され大きな被害が出た都市である。広島、長崎こそ無差別の大量殺戮だともいえよう。被害の大小を問わず犠牲者が非戦闘員から出ることが、戦争をしてはな...
江戸前期

元禄の紀伊國屋、昭和の松下

紀伊國屋といえば、小さい頃からよく行った本屋さんだ。紀ノ国屋といえば、オリジナルバッグが有名な高級スーパーだ。東京土産に買って帰ったことがある。紀文といえば、ちくわ、かまぼこにはんぺんだ。うちの近所のスーパーでもよく置いてある。そして、本当...
戦前戦中

東京都の恩人の命日

白河の清きに魚もすみかねて…、この狂歌のせいか、学校で習ったころから松平定信のイメージがどうもよくない。決定的だったのは、みなもと太郎『風雲児たち』を読んだときである。田沼意次の新政策に共感すればするほど、定信が頑迷固陋の政治家に思えてしか...
江戸前期

奥の細道の起点

国語の教師で奥の細道ゆかりの地を巡る旅を何年間にもわたってやっている人がいた。月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり、人生は旅そのものJourneyであることを実感しようとしていたのだろう。江東区深川2丁目に「採荼庵(さいとあん)跡...
江戸後期

地図づくりの神様

子ども向けの偉人伝によく登場したこの人物。50歳を過ぎてから勉学に励みGPSにも負けず劣らずの精緻な地図を作成した。努力の人である。精神一統何事か成らざらん、の人である。江東区富岡一丁目の富岡八幡宮に「伊能忠敬翁銅像」がある。伊能忠敬の史跡...
戦後

ハエを退治した場所

ゴミの山を名付けて「夢の島」とは、さすがに東京はすごい。都会はスケールの大きさ、発想の大胆さが違うと感心したものだ。昭和の東京を象徴する場所の一つである。江東区に「夢の島」がある。夢の島公園という都会的で爽やかな公園となっている。夢の島につ...
戦後

第五福竜丸に学ぶ

原発事故の収束の見通しが持てない中で、また首相交代の季節になった。ボスニア・ヘルツェゴビナという国は国家元首が輪番制で8か月ごとに交代するという。代表がコロコロ変わるなんて国が安定していない証拠だと勝手に思っていたら、政治に責任を負うシュピ...
戦後

震災が変えた景観

軍艦島というのが能登半島にあるそうだが見たことはない。私は茨城の海岸でそれを見た。太平洋や日本海のような大海を知らない井の中の私は、磯原に接岸した木々で擬装した軍艦に驚いた。その日は天気が良く海水浴を楽しむ人で賑わっていた。北茨城市磯原町磯...
江戸後期

異人上陸事件

大震災以来、天皇陛下におかれては被災地を相次ぎ訪問されている。ありがたいことだと思う。国民の精神的支柱だと改めて思う。茨城県のホームページの県政ホットニュース(公開日2011年4月26日)を引用しよう。天皇皇后両陛下 北茨城市をご訪問 天皇...