「下人の行方は誰も知らない。」という最後の一文が有名な『羅生門』の実物は、正確には「羅城門」という。平城京では奈良市西九条町五丁目の公園に「平城京羅城門跡」の石碑がある。平安京では京都市南区唐橋羅城門町の公園に「羅城門遺址」の石碑がある。下人が悪を正当化したのは平安京のほうだ。
平安京の羅城門には、平将門の乱が起きた時、調伏のために「兜跋毘沙門天立像」が安置されたという。この像を所蔵する東寺の記録『東寶記(とうぼうき)』(14世紀成立)には、「毗沙門像者、將門亂時、造此像、安羅城門、」とある。この毘沙門天像は将門の乱の折に制作され、羅城門に安置された。そう記録されているのだ。
ところが、羅城門に毘沙門天像が置かれていたとの通説には、説得力のある異論があるという。そうかもしれない。人はドラマチックな物語を好むから、通説が後世に創造されたことは十分考えられる。
そろそろ本題に入る。試みに地理院地図で「羅城門」と検索してみよう。すると平安京の羅城門がヒットする。では「羅生門」ならどうだろう。すると、人の造った建造物ではなく、自然の造形物がヒットするのだ。


新見市草間(馬繋、まつなぎ)に国指定天然記念物「羅生門」がある。陥没ドリーネにできた天然橋である。これを第一門と呼ぶ。
水がカルスト台地を浸食して鍾乳洞をつくり、次第に穴が大きくなって陥没した。天井の一部が残っているから今、絶景スポットになっている。ここに至るまでいったい、どれくらいの時間がかかったのだろう。さらに長い時間を経て、浸食の進行により崩壊してしまうのであろう。
さらに奥へと進むと、三つの口がある洞門がある。

大きな第二門から中に入ろう。

まっすぐ進むと第三門がある。

第四門には展望台があり、その奥には羅生門第一洞という鍾乳洞があるという。ジオスポットとして自然の造形だけでも堪能できるが、生物学的にも貴重な場所のようだ。駐車場にある2枚の説明板には、次のように記されている。
国指定天然記念物 羅生門(一九三〇年八月二五日指定)
羅生門は石灰岩台地が陥没してできたドリーネと、そこにできた巨大な石灰岩の天然橋とカルストトンネルです。
第一門から第四門までアーチがつながり最深部は羅生門第一洞とよばれ、佐伏川につながる鍾乳洞となっています。
この地域には、チョウジガマズミ・ヤマトレンギョウなどの好石灰岩植物のみならず、夏季に洞口から吹き出す冷湿な空気がたまることにより亜寒帯性のイギイチョウゴケや亜熱帯性のセイナンヒラゴケなどの珍しいコケ植物が生育しています。昆虫では生きた化石といわれるガロアムシや、七月にはドリーネの内外で黄金色の光を点滅させるヒメボタルを見ることができます。
羅生門のすばらしい自然環境を大切にし、貴重な動植物を絶滅から守りましょう。
新見市
新見癒やしの名勝遺産
羅生門
草間村草間馬繫にあり。新見高梁間の街道谷合を距ること東方一里餘の高臺上にあるを以て交通不便世人未だ周く之を知らざるも、神斧鬼鑿の大景は眞に驚くに堪へたり。其の第一門は西方に位し渓底にあり。蓋數萬年の歳月の間、水蝕作用のために穿たれしものなるべく、一大石橋天空にかゝり、高二十一間巾九間、橋上樹木茂生せるも小徑ありて通ずるを得べし。橋下より仰ぎ見る景観を以て、最も優れりとす。(中略)羅生門附近に見る珍植物としてはギンバイサウ、クモノスシダ、十文字シダ、イハガラミ等ありて植物愛好家の興味を惹起すること大なり。
と阿哲郡誌は記述しています。
羅生門は、標高四〇〇メートル前後の草間台のドリーネにできた石灰岩の巨大なアーチ、これは古い鍾乳洞が崩落し、一部が残存してできた鍾乳洞のなれの果ての姿といってよいでしょう。
特徴的な植物はチョウジガマズミ、ヤマトレンギョウなどの石灰岩植物のみならず、洞口から吹き出す低温多湿な自然条件によって、標高三五〇メートルにもかかわらず、高山性や北方系の貴重な蘚苔類や地衣類が隔離分布しています。
蘚苔類ではサガリヒツジゴケ、イギイチョウゴケ、昆虫では生きている化石と言われるガロアムシや洞穴昆虫が生息しています。貴重な動植物の宝庫でもあり、これほど素晴らしい自然が作り出した芸術作品は他に類を見ないと思われます。
昭和五年に国の天然記念物に指定されています。
悠久の自然界が生み出した神秘的とも思える様々な景観や生物、そこに存する歴史・文化・学術、我々がそこから得る無限の喜びを互いに共有し、未来へ引き継いでいく責務を自覚しなければならない。ここに本委員会は、標記の所を心身が癒やされる名勝に選定し、これを「新見癒やしの名勝遺産」として認定する。
二〇〇九年十一月二十六日
阿哲商工会地域遺産認定委員会
神斧鬼鑿(しんぷきさく)とはよく言ったもので、大自然の造形と表現するよりもイメージが湧いて心に響く。
説明板は第一門の前にもある。3つの説明板は、市、商工会、市教委それぞれの立場で書かれているようだ。ここは市教委の説明板だ。
国指定天然記念物 昭和五年八月二十五日指定
羅生門
羅生門は標高四百m前後の草間台のドリーネにできた石灰岩の巨大なアーチで上部は天然橋となっている。
第一門から第四門までアーチはつながり、末端は羅生門第一洞と呼ばれる吸い込み穴となる。成因は古い鍾乳洞が崩落し、一部分が残存してアーチとなった鍾乳洞のなれの果ての姿といってよい。夏に訪れると、立ち込めるモヤと冷気に寒ささえ感じる。まさに「羅生門」の名にふさわしい鬼気迫る威容があった。
チョウジガマズミ・ヤマトレンギョウなどの好石灰植物のみならず、洞口から吹き出す低温多湿な自然条件により、高山性や北方系のほか、南方系・亜熱帯に生きる貴重な蘚苔類が隔離分布している。
新見市教育委員会
鬼が棲むという羅生門のイメージがあるから鬼気迫るのか、鬼気迫るような異世界だから羅生門を思い起こしたのか、自然と人文が見事に結びついた学際スポットでもある。
天元三年(980年)7月9日、平安末期の『日本紀略』に次のような記事がある。
午後大風暴雨。宮中樹木。諸門。羅城門等顛倒。東西京人宅多以破損。
鎌倉時代の歴史書『百錬抄』にも同様な記事がある。
大風暴雨。羅城門及諸門諸司等顛倒。
その後、再建計画が上がることはあったが、実現しなかった。以来、現存しているのは新見の羅生門だけになった。いついつまでも大切にしたいものである。

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