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ナムアミドーヤの念仏踊

「宗教」は思索のみでは成立しない。感情の高まりが重要な要素であることを鑑みれば、「音楽」は不可欠なものだといえよう。音楽を聞けば自然に身体が動いてくる。その身体の動きは「踊り」と呼べばいいだろう。踊りによって私たちは神と一体となり、その折の...
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過去には天然痘、未来には…

1980年にWHOが天然痘の根絶を宣言したことは、新聞のトップ記事だったと記憶している。一つの歴史が終わったんだなと感慨深く思ったものだ。つらつら古きをたづぬるに、本朝では藤原四兄弟、遠く異朝をとぶらへばルイ15世など、天然痘で命を落とした...
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『好色一代男』屈指の名場面

謡曲「江口」では、江口の君は最後に普賢菩薩となり、白象に乗って消え去っていくという。遊女としての罪業を自覚し、真摯な思いで仏に救いを求めたからこそ、成仏できたのであろう。罪深いといえば遊女以上に男どもに問題があると思われるが、罪業を自覚しな...
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馬子のいない太子なんて

聖徳太子はいなかったと論じる向きがあるが、蘇我馬子がいたのは確かだろう。ならば、太子の業績とされていたのは馬子の事績ということになる。馬子にも衣装というが、どのような衣装を身に付けていたのだろうか。意味不明な話になってきたので、本論に入りた...
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天下第一の楽地

確かに「繁華街」と「歓楽街」は似ているが違う。どちらも華やかなのだが、昼に子どもも含め老若男女問わず楽しめるのが繁華街で、夜に酒と泪と男と女みたいなのが歓楽街というイメージがする。現代日本で最も有名な歓楽街は新宿の歌舞伎町だろうか。今日は8...
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承久の乱発祥の地

吉川弘文館が『敗者の日本史』シリーズを刊行している。ある意味、歴史は勝者のものであり、敗者は不当に貶められている面がある。敗れし者といえども、ポリシーなり志を抱いて人生をかけて争ったのだから、人の生き方として肯定的に評価すべきであろう。勝者...
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中学生が発見した屋根石

楠木正行の像があり三好長慶の城があったという飯盛山に登ろうとしてあきらめた。それまでに十分歩いていて体力の限界を感じたことと、陽射しがますます傾いて時間の限界を感じたことによる。それでも登山口で珍しい石塔に出会った。大東市野崎二丁目に「石造...
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諸行無常の響きあり

自由になりたいと思ってもなかなかそうはいかない。心配なことはあるし、したいことはあるし、時間もないし金もない。歳はどんどんとっているし胃の調子も悪いし長生きできるか覚束ない。人に生老病死の憂患(うげん)ありである。京都府相楽郡笠置町大字笠置...
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鎌倉御家人の実力

『一遍聖絵』には、一遍が筑前のある武士の館を訪れ主人に念仏札を渡す場面がある。ここに描かれている武家屋敷からは、矢倉門、板塀、堀、土塁など典型的な特徴を見取ることができる。そして門番の家来、動物では馬、鷹、犬が描かれ、戦いへの備えをしていた...
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名門中の名門伝説

御落胤伝説というのがある。その子が出世できたのは落胤だったせいだというし、ばれないように証拠は残さなかったともいう。調べてみると源頼朝の御落胤との噂がある武将はけっこういるものだ。有名なところでは島津忠久、そして大友能直、さらに今日の史跡に...