江戸前期

江戸前期

家康から後事を託された大名

「八橋」を「やつはし」と読んだら、京都の銘菓「八ツ橋」を思い出す。三角形でニッキ風味の柔らかいお菓子のことかと思ったら、それは「生」のほうで、本来の八ツ橋は琴の形をした焼菓子だった。それもそのはず、近世箏曲の祖八橋検校(やつはしけんぎょう)...
江戸前期

誉れ高き名君の宗教弾圧

備前岡山藩の池田光政は仁政を布いた名君として高く評価されている。仁とは思いやりであり、寛容の精神が欠かせない。聡明な光政は十四五歳のころに、京都所司代を務めた名奉行、板倉勝重にズバリ「民を治めるには、どのようにしたらよいのでしょうか」と尋ね...
江戸前期

農業開発の恩人、謎の死

「義民」と呼ばれるのは、一揆の首謀者に多い。民衆の生活を守るという義のために、我が身の危険を顧みず行動した人々である。義民の顕彰碑は各地にあり、このブログでも「享保の改革に抵抗した一揆」や「けちらかされても訴える」で大規模な一揆を主導した義...
江戸前期

あれこそ日本に名をなせし

美魔女と呼ばれる人がいる。美しい女性なら「美女」でよさそうなものだが、「魔」の字には「この歳なのに…」という驚きが込められているのだろう。賭けマージャン検事長処分問題で首相官邸と法務省の板挟みになって苦しんだ森法相も美魔女と呼ばれている。美...
江戸前期

ここは津山を二里、離れて遠き岡山の

パンデミック後の世界を誰もが思い描けないでいる。気温が上がれば収束するとの楽観視は見事に外れ、集団免疫を獲得すれば感染拡大しないとの学説は賛否両論ある。スウェーデン人は免疫獲得に失敗したとされるし、日本人は成功したとの主張もある。世界的な収...
江戸前期

今も慕われている改易大名

毎年8月15日に黒坂納涼まつりが鳥取県日野郡日野町黒坂で行われている。この時期になると、赤地に黄色の家紋を染め抜いたのぼりが城跡や城下町に彩りを添える。家紋には羽を立ててとまる美しい蝶が描かれており、「撫角揚羽(なかくあげは)」と呼ぶそうだ...
江戸前期

備作国境を守った藩家老

ブログ開設以来の総アクセス数が55万を突破しました。これもひとえに皆様のおかげと心より感謝し、有益な情報が提供できるよう一層精進いたします。今後とも、どうかよろしくお願いいたします。知っている人には当たり前だが、知らなければ手に負えないのが...
江戸前期

歴史を創作した男の創作

武田騎馬軍団と対峙する信長は、兵に鉄砲三千丁を持たせ、次のように下知したという。敵馬を入れ来らば、間一町までも鉄砲打たすな。間近く引受け、千挺づゝ放ちかけ、一段づゝ立替り/\打たすべし。いわゆる三段撃ちの新戦法である。これぞ信長の革新性を象...
江戸前期

津山藩祖を悩ませた家族のこと

家族の安定は心の安らぎである。とはいえ不幸は、自らの努力とは関係なく訪れる。初代津山藩主で津山城を築いた森忠政ほど家族に恵まれなかった大名はいない。忠政は森可成の六男で元亀元年(1570)生まれ。同じ年に父が討死し、長兄可隆もすでに討死して...
江戸前期

小童っぱに過ぎたるもの

城の美しさは天守ではなく、石垣にあると聞いた。近世城郭の端正で凛としたイメージは、石垣の印象によるのだろう。本日紹介する米子城は石垣の美に加え、眺望も抜群の秀麗な城である。米子は「殿様のいない城下町」だという。この城を預かったのは一国一城の...