南北朝

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元弘の変に散った河内の勇者

笠置寺に行ったのは昨夏のことだ。前日に見た宇治の十三重石塔の大きさとは比ぶべくもないが、笠置寺のそれも結構大きく高さは4.7mある。周りの石が巨大すぎて大きく見えないのであった。京都府相楽郡笠置町大字笠置字笠置山の笠置寺に「笠置寺十三重塔」...
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永遠の秘仏

お寺の御本尊は本堂の中にいらっしゃる。本堂の中に入って伏し拝みもする。御本尊が秘仏となっている場合もある。秘仏だから見えない。しかしそこに確かな存在を感じる。見えないものが存在するのだ。京都府相楽郡笠置町大字笠置字笠置山の笠置寺に「弥勒大磨...
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後醍醐天皇の休石

日本史を語る上で天皇の存在は誠に大きいが、125代のほとんどは御簾の内に隠れて、どのようなお方かよく存じ上げない。しかし後醍醐天皇は違う。個性が際立っておりその個性が歴史を動かしているように思える。新見市千屋に「後醍醐天皇の休石」がある。国...
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日本を守った播磨のヒーロー

最近はB級グルメやゆるキャラで地域おこしが盛んに行われているが、ローカルヒーローというのもある。ゴレンジャーのような戦隊モノの格好をしている場合が多いようだ。今日紹介するのは藤原貞国という播磨国のローカルヒーローである。兵庫県揖保郡太子町太...
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聖徳太子の見た眺め

実際には歩いていない水戸黄門が全国を漫遊する。空海の訪れていない場所に弘法の水伝説がある。伝説とか信仰とはそういうことなのだろう。そうあってほしいという人々の願いが物語を形成するのだ。今日紹介するのは聖徳太子信仰の本場、兵庫県太子町の伝説地...
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父との戦い

足利尊氏は逆臣だとか、ずいぶんと貶められた時期があったが、幕府を創設し武家政権の進展に寄与した歴史上前向きな評価を受けている。しかし、父親としてはどうだろう。非嫡出子である直冬を冷遇し、討伐軍まで向けている。兄としてもどうだろう。弟・直義と...
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怨霊となった南朝忠臣

後醍醐天皇の一宮(いちのみや)・尊良親王は元弘の乱の失敗で土佐に流される。忠臣・秦武文(はだのたけぶん)は一宮の御息所(みやすどころ)を土佐へお連れしようと尼崎から船出しようとするが,海賊・松浦五郎に襲われる。御息所を助けようと舟に乗せたは...
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播磨南朝哀史

日本人は哀しい話が好きだ。そして貴種流離譚が好きだ。高貴な御方が華やかな都でその幸せな一生を終える。それは,それ以上のものではない。しかし,貴人が鄙びた土地に倒れる,とくれば,「なぜ」と問いたくなるのが人情であろう。姫路市香寺町須加院に「親...
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大楠公の下を湊川が流れ

ナポレオンの騎馬像もそうだが,馬の後ろ立ちはポーズになる。馬術でも障害を飛び越す瞬間の写真は迫力がある。まさに人馬一体である。神戸市兵庫区荒田町1丁目の湊川公園に「大楠公像」がある。写真は桜が咲く前に撮影したので今一つだが,今年も美しく咲き...
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楠木正成の発見

忠臣といえば楠木正成が連想されるほど,その忠節ぶりは大いに喧伝されてきた。勤皇精神の一途さは後世の人々に感銘を与えた。しかし,その正成を世に送り出したのは,他ならぬ水戸黄門様であった。神戸市中央区多聞通3丁目に鎮座する湊川神社に「嗚呼忠臣楠...