南北朝

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父の帰還を祈って栗をかむ

日本一の子だくさんは景行天皇だという。『古事記』によると、名前の記されているのが21人、記されていないのが59人、合わせて80人である。世界一はサウジアラビアのイブン・サウド国王で89人ともそれ以上とも言われているようだ。後醍醐天皇も子供が...
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命の限り、尽くした誠

南北朝の争乱は「一天両帝南北京」、まさに日本を二分する異常事態、皇位を巡る天下分け目の戦いである。ところが、大河ドラマに『太平記』が取り上げられたことがあるとはいえ、歴史ファンの人気はそれほどでもない。その理由として、一つには登場人物が多す...
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後醍醐天皇の上陸

戦いに敗れエルバ島に流されたナポレオンは、戦後処理の混乱のすきに島を脱出、カンヌに上陸した。1815年3月1日のことである。パリに向けて進撃するナポレオンを、民衆は「皇帝陛下万歳」と歓呼の声で迎えたという。百日天下(Cent-Jours)の...
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殿さまが認定した戦没の地

行ったことはないが、分倍河原駅前にナポレオン騎馬像のような新田義貞公の銅像があるそうだ。時に元弘三年(1333)、新田義貞の軍勢はここで鎌倉幕府軍を打ち破り、一気に鎌倉を目指し進撃していくのである。武将としての力量はライバル足利尊氏に引けを...
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南朝勢を守った関所

関所といえば、飲み放題の居酒屋に参集した際に会費を払う幹事さんのことでなければ、箱根の関所を思い出す。箱根関所など近世の関所は治安維持が目的だったが、中世のそれは関銭徴収が目的であった。そうすると飲み会の関所は中世の遺風であり、民俗的に顕彰...
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巨大なクスノキ、偉大な楠木

クスノキには深い思い出がある。小学校の校庭にあったその大木は、子どもたちの格好の遊び場になっていた。一番よくやったのは、「だるまさんがころんだ」という遊びだ。もっとも鬼の言うセリフは「インド人の黒んぼ」だった。その他にも、どこまで駆け上がれ...
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歯神様となった南朝忠臣

親知らずを抜いてから10年以上になる。しばらくは定期的に歯医者に通っていたが、痛くもないし面倒になり行かなくなってしまった。だが、おかげなことに歯や歯茎の調子がおかしいと思ったこともない。歯間ブラシを欠かさずしているせいだろうか。今日は歯の...
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小楠公とお母さん

横井小楠といえば、近代国家の創造を志向した熊本藩士である。坂本龍馬の「船中八策」のもととなった「国是七条」を建議した人物として知られている。近代国家の夜が明けた明治初年に暗殺されたが、そうでなければ大物政治家となったに違いない。その号「小楠...
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馬魚の棲む池

中門の向こうに大仏殿が見える。手前の池は鏡池。絵になる風景である。いや下の写真では要らないものが写り込んで絵になっていない。同じような絵を検索すると、絵葉書のように美しい写真がある。中には鏡池の水面が鏡面のようになっている完璧なものまである...
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南朝が始まった場所

正義の戦いとは何だろうか。悪政を行う幕府を倒し正しい政治体制を回復する。確かに正義の実現かもしれない。革命とはいつもそういう理由で行われてきた。しかし「正義」という語は、戦いの当事者が都合の良いように解釈して使用する場合が多いのも事実だ。権...