gyokuzan

神話

「うきは」の由来は盃?葉っぱ?

酒を目で呑むのが好きで、瓶のラベルを眺めたり酒器を愛でたりしながら陶酔している。食事の快楽における器(うつわ)の割合はどれくらいか。けっこう大きな割合になるのではないか。器は食べれないのにおいしいのである。うきは市浮羽町浮羽に「浮羽島御所阯...
安土桃山

地名「福岡」発祥の太宰府

本能寺の変から中国大返し、次回は清須会議と大河ドラマ「軍師官兵衛」がクライマックスに達している。それでも、関ヶ原の戦いの折にも官兵衛は九州で暴れまくるというのだから、まだまだ見所は多い。智将官兵衛の魅力が余すことなく描かれているようだが、今...
平安

大宰府で再会した道真夫妻

「内助の功」というけれど、妻の支えなくして活躍のできる旦那がいるだろうか。おねあってこその秀吉であり、千代あっての一豊であり、てるあっての官兵衛である。おそらく家では、さっぱり頭が上がらなかったのではないだろうか。太宰府市宰府四丁目の太宰府...
平安

道真公の亡骸を運んだ牛さん

そういえば天満宮にお参りすると牛の像をよく見かける。撫牛(なでうし)といって、お参りのかたが願いを込めてなでなでするものだから、一部分にツヤが出ている。下の写真では角と鼻がテカっている。昭和60年(1985)に奉納されたこの「御神牛」は、天...
平安

東風吹かば匂ひおこせよ

白紙(894)に戻す遣唐使、菅原道真は遣唐大使に補任されるや、遣唐使の停止を建議した。ところが、宋代になって、道真が無準師範(ぶじゅんしばん=仏鑑禅師(ぶっかんぜんじ)=臨済宗の高僧)のもとを訪れ、一夜にして悟りを開いたという伝説がある。「...
幕末

太宰府で待った明治維新

「ミュンヘン一揆」は、1923年11月8~9日にヒトラーらが政権奪取を企図して起こしたクーデターである。失敗に終わった。だが、後にヒトラー政権が実現すると、一揆ゆかりのミュンヘン・オデオン広場は聖地と化していくのだ。ナチス政権の原点であると...
明治

日中関係のターニングポイント

6月11日、東シナ海の公海上空で中国のSU27戦闘機が自衛隊機に異常接近した。7月7日、盧溝橋事件77周年の式典に習近平国家主席が出席し、「今も少数の者が歴史の事実を無視しようとしているが、歴史をねじ曲げようとする者を中国と各国の人民は決し...
平安

史跡保存は大宰府跡に学べ

しばらく更新していない間に、開設以来の総アクセス数が9万を超えました。これまでの御愛読に感謝申し上げるとともに、引き続きの御引立てのほど、よろしくお願いいたします。太宰治(だざいおさむ)のお墓を紹介したことがある。桜桃忌の当日だっただけに、...
飛鳥

祝・「水城」築造1350周年!

1350年の時を経て、土の中から緑の葉っぱが見つかった。しかし、空気に触れたのですぐに茶色に変色したという。5月30日に福岡県教委と九州歴史資料館は、大宰府の防衛施設「水城」跡で、地盤補強のため土塁の底部に敷きつめた「敷粗朶(しきそだ)」の...
南北朝

血は奔湍に迸りて紅雪を噴く

武者と馬の像といえば、ナポレオン騎馬像のようにキメキメのポーズをとるのが一般的だ。このブログでも南朝の忠臣、楠木正成像を紹介したが、やはり馬が跳ねている。ところが下の写真の武者は馬から降りている。とてもキマっているようには見えない。いったい...