ずっと前に「トンボの文化史 童謡の里たつのにおいて」という秀逸な展覧会があった。「赤とんぼ」の時報が流れるたつの市ならではのこだわりで、人々がいかにトンボを愛してきたかがよく分かった。特にトンボの前立ての兜が印象的で、「頭にトンボなんて、なんだか平和…」と思ってしまうが、そういう意味ではない。トンボは前に進んで後ろに退かないことから、「勝ち虫」として験を担いだのだという。本日は同じ播磨に伝わるトンボ伝説を紹介しよう。


赤穂市有年原の有年原・田中児童遊園に「とんぼづか」と刻まれた石碑がある。
石碑があるばかりで塚らしき盛り上がりは見当たらない。いったいどのような由来があるのか。播磨の歴史探訪に欠かせない基本文献に当たってみよう。『播磨鑑』赤穂郡仏閣に、次のような記述がある。
【医王山験行寺普門院】眞言宗 周世郷 在牟禮村 往古八丁四方院数アリ今ハ一院ノミ 方四丁又山林境内畠アリ除地
當寺は聖武天皇御宇天平年中行基菩薩の開基也。八峯十二谷の名山也。此處に四ツの不思議あり。一には小鷹の城。役行者山道踏分玉ひし時小鷹飛来て死す則其鷹をとふらひて其姿を岩に書付玉ふ。其高サ五丈餘りの大石也。其岩の半に鷹の形顯然たり。上からも下からも人畜共行歩の不及所也。二ツには蟻無の森。是も役公の妙術也。三ツには蜻蛉塚。郡内のとんぼう季秋にはこと/\く此塚に入。四ツには影なしの峯高山也。此山の峯の樹ゝには日影なし。此處に三枚木戸頸塚と云有。近き比太田弾正か城郭成しを龍野の城主小河丹波守庄領をむさほり、太田か舘に押かけ合戰すと云共小河打負て殺害に及士卒の頸共を集め塚につきしかは頸塚とそいふなり。
験行寺周辺にある四つの不思議が紹介されている。
①小鷹の城
場所は小鷹観音堂のある山か。伝説内容は鷹の姿と爪との違いがあるが似ている。
②蟻無の森
場所は蟻無山か。伝説内容は小鷹観音堂で紹介している。
③蜻蛉塚
④影なしの峯
場所は験行寺のある山か。頂上にある鴾(つき)ヶ堂城は太田(または小田)弾正の城である。木に影ができないという。
③の蜻蛉塚が本日紹介の「とんぼづか」である。秋には郡内のトンボがことごとく塚に入ったという。おそらく横穴式石室の古墳があったのだろう。赤穂市教育委員会『赤穂の昔話』第二集「とんぼ塚」によれば、近くを流れる矢野川の氾濫で古墳は消滅したようだ。
蜻蛉はトンボともカゲロウとも読む。野を舞うトンボが夕方に次々と古墳へ帰っていくのは切ないような美しさを感じる。いったい何を意味しているのだろう。ゆかりの古墳はなくなり、はかないカゲロウのような言い伝えだが、標柱を手掛かりとして往時を偲ぶとよいだろう。


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