戦国

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鼻のようにうずたかい山城

鼻は人体の一部ではあるが、顔から突き出た鼻のように、出っ張った地形も「鼻」と呼ばれる。有名なのは薩摩半島最南端の長崎鼻だろう。美しい岬で、観光スポットとして人気のようだ。本日紹介する鼻は、岬ではなく山である。鼻のようないい形をしており、鼻高...
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一説によれば児島高徳の居城

南朝の忠臣児島高徳は実在するや否や、と歴史学者が論争していた時代があった。否定派は重野安繹、久米邦武、実在派は田中義成、八代国治である。現代の評価が高いのは実証主義を重んじた重野、久米の両博士だが、児島高徳は「抹殺」されたのではない。地域史...
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備中・備前は切り取り次第

大内氏、赤松氏、尼子氏、そして毛利氏と、周囲の名立たる大名が登場する山城がある。大名たちはこの城のどこに魅力を感じたのか。答えはすぐ隣の「鬼ノ城」にある。瀬戸内に侵入する敵の動向を把握し、中央へ速やかに伝達できる優れた眺望は、古代山城最大の...
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備中矢掛のランドマーク城

伽藍山は備中矢掛のランドマークである。山容はこんもりして美しく、山頂にクスノキの大木があって、遠くからでも視認できる。ということは、頂上からの眺めも好いはずだ。さっそく登ってみよう。岡山県小田郡矢掛町江良と里山田の境に「伽藍山城跡」がある。...
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五重堀切で守る堅固な山城

山城の見どころは本来、敵の動きを察知する眺望であるはずだが、木々の生い茂った現状では期待できない。それでも敵の侵入を防ぐために築かれた防御施設は、いまでも痕跡を確認することができる。山の頂上を均し、尾根を断ち切り、斜面にさらに傾斜を加え、防...
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尼子氏の城、その名は尼ヶ城

尼子山トンネルの下り線が9月5日の火災事故により通行止めとなっているが、12月下旬には復旧するそうだ。トンネルの南に尼子山があり、頂上に城跡がある。その名から想像するとおり、山陰の雄尼子氏が播磨に進出した最盛期の名残りである。尼子氏は出雲が...
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横堀の見事な菅公後裔の城

源平藤橘は四姓といい、古代以来の代表的な姓として知られる。だが、菅原姓も忘れてはならない。加賀百万石の前田氏は本姓菅原を自称したし、藤原系が圧倒的に強い公家社会でも菅原系は頑張っていた。地方武士団にも菅原氏の後裔を称する者がいた。美作菅家党...
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V字の大堀切で侵入を阻む

「呰部」は岡山県の難読地名として知られる。呰部郷として平安期の「和名抄」に登場し、中世は山科家領であった。古くから交通の要衝であり、上呰部、下呰部となった現在も、中国自動車道が通過している。この地に巨大な山城があるというので訪ねることにした...
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地形改変が山城の歴史を語る

ブログ開設以来の総アクセス数が88万を突破しました。これもひとえにご覧いただきました皆様のおかげと心より御礼申し上げます。史跡巡礼の魅力を伝えるため、今後も精進してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。土砂崩れなどの災害が発生した場...
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播磨守護山名氏の栄光

戦国時代は領土争い。ロシアとウクライナの戦争もほとんど膠着状態。ここに至っては朝鮮戦争のように「凍結された戦争」になるのでは、と囁かれている。播磨は赤松氏の領国として揺るがないかと思われたが、嘉吉の乱で但馬の山名氏に奪われてしまう。これを応...