戦国

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南蛮渡来のタヌキの物語

「魔法のコトバ」というSPITZの名曲があるが、多感な時期、その一言で劇的に世界が変わった経験をお持ちではないか。その魔法、恋といふ。恋魔法なら何時までもかかっていたいものだが、勘違いだったことがよくある。本日は魔法という名の神社である。ど...
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宇喜多氏の拠点を守った山城

海を陸に変えて岡山の穀倉地帯は生み出された。児島湾の干拓である。その嚆矢となったのが宇喜多開墾であり、その潮止堤防を宇喜多堤という。天正の昔に宇喜多秀家が行った。実際の指揮を執ったのは、高松城水攻めで築堤の実績があった岡豊前守利勝と千原九右...
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備作国境を守る技巧的山城

周匝(すさい)は備作国境の要衝で、国道374号で南北へ通じ、国道484号で備前西部へと進入できる。水運が盛んだった吉井川の中流部に位置することも見逃してはならない。この周匝のシンボルが、吉井城山公園の模擬天守である。史実とは異なるものの、確...
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深い堀切でも鳥は越える

高く飛ぶ鳥が山を越え、向こうへ行ってしまった。この印象的な光景は、山を見るたびに思い起こされ、人々はその山を鳥越山と呼ぶようになった。全国に鳥越山はいくつあるのだろう。本日は美作南部の鳥越山に山城を訪ねたレポートをお届けする。岡山県久米郡美...
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長大な竪堀で横移動を遮断する

堀切なら猿掛城、連続堀切なら高屋城、土塁なら伊勢畑城、井戸なら金川城、畝状竪堀群なら篠向城、横堀なら淡相城、技巧的な構造なら黒山城。吉備に名城数あれど、竪堀ならこの城に並ぶものはなかろう。岡山市北区建部町土師方(はじかた)に「土師方城跡」が...
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狐狸庵先生、お城博士ゆかりの山城

遠藤周作先生はネスカフェゴールドブレンドのCMに出ていらした。ダバダ~の曲とともに知的に彼方を見遣って、先生はコーヒーを口にしていた。以来、不肖私もコーヒーカップを手にするたびに遠い目をしているが、端からは所在無げに見えていることだろう。先...
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山陰勢が備前の要衝を突破

羽床(はゆか)という名字は、香川県に集中しているそうだ。ことでんには羽床駅というのがあり、本ブログでも「研辰(とぎたつ)の討たれ」のモデルとなった羽床辰蔵を紹介したことがある。羽床氏はこのあたりの名族で『羽床村誌』には、「鳥羽天皇の朝、保安...
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よく分からないが、すごい城

河川のカーブの内側は、流れが緩やかで川原ができる。長い年月を経て乾陸化した大きな川原には、田畑や集落ができる。本日の舞台である旭川は、中国山地から吉備高原を南流しているが、津山往来が越える箕地(みのち)峠を越えることができない。山にぶつかっ...
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能登の名族、備後で活躍

能登半島の穴水町は今年元旦の大地震で大変な被害を受けた。全域で断水となっていたが、今は徐々に解消に向かっていると聞く。この穴水町に「長谷部まつり」がある。毎年夏に行われる武者行列で、既に61回の歴史がある。文治二年(1186)に初代穴水城主...
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備前最北端に位置する山城

今は消滅した岡山県御津郡は南北に細長い行政区画で、南の福浜村は海に面していたが、北の江与味(えよみ)村は美作に接していた。江与味は現在、久米郡美咲町に属している。御津郡は備前、久米郡は美作。マージナルな場所ならではの争奪戦があったのかどうか...