南北朝

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冬枯れや後醍醐天皇夢の跡

2001年に起きた同時多発テロの映像は衝撃的だったが、それに先立つバーミヤン大仏の破壊にも大きなショックを受けた。どちらも巨大なものが瓦解する映像だったが、それは単に物理的な崩壊に止まらず、人々の精神的な支柱がなぎ倒されるように感じたものだ...
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人は峠を越え、汽車はトンネルを抜ける

明治天皇には男子5人、女子10人、計15人の子ができた。子だくさんに見えるが、成人したのは5名、うち男子は大正天皇ただ一人だった。明治時代でさえこうなのだから、それ以前の乳幼児死亡率は高かったに違いない。しかし、子の成長を願う親の気持ちは、...
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那岐山麓中世山城コース探訪

高みに登らねば見えないものがある。若い頃には自分なりの正義感に燃えて強く主張していたものだが、この年齢になるとよく分かる。あの人の立場、この人の立場。少しは視野が広がったのかな。出世したら見えるものがあるのかもしれない。おそらく岸田首相は下...
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失われゆく後醍醐伝説

CD-Rにはずいぶんお世話になった。音楽用でけっこうたくさんのお気に入りアルバムを作ったものだ。データ用としてはいったん記録すれば消去できない点が心強い。この光記録メディアが昨年「未来技術遺産」に登録されたという。開発は1988年である。情...
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足利兄弟の喧嘩は弟の勝ち

兄弟喧嘩もいい加減にしてもらわないと、国の行く末が案じられる。世界史ならクレオパトラ7世フィロパトル(姉)とプトレマイオス13世テオス・フィロパトル(弟)、日本史なら天智天皇(兄)と大海人皇子(弟)であろう。国民そっちのけの権力闘争だったに...
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後醍醐天皇はどこを通ったか

隠岐配流の後醍醐天皇は美作から伯耆へ抜けたのだが、どのようなルートだったのだろうか。アーカイブス「後醍醐天皇の休石」で紹介したコラムによると、遷幸ルートには次の4説があるという。①「岡山県久世から中和村を経て、鳥取県の下蚊屋に入った」②「岡...
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御敵にこそなるべかりけれ

ロシアとウクライナの戦争は双方が正義を掲げているが、どう考えてもウクライナとその支援国に真の正義がある。それでもロシアに対する制裁に温度差があるのは、天然ガスへの未練のせいだろう。EU加盟のハンガリーは天然ガスのルーブル支払いに応じているし...
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後醍醐伝説が生じた背景

今回の大河は戦国でも幕末でもなく鎌倉初期である。ドロドロした歴史がどのように描かれるのか楽しみだ。ドラマは大どんでん返しが描かれると盛り上がるが、それなら『太平記』に勝るものはないだろう。主上御謀反が失敗に終わり後醍醐帝は隠岐へと流されるも...
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その忠烈、鬼神をして泣かしむる

皇位継承の在り方について検討していた有識者会議が、女性皇族が結婚後も皇室に残る案と旧宮家の男系男子を養子縁組する案を示した。女性・女系による皇位継承に寛容な国民世論とは乖離した内容であり、本気で皇統を守ろうとする気概が感じられない。保守派に...
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因幡の藤原景清とは何者か?

悪七兵衛景清については、「日の立つ国の光明というイメージ」など、このブログで何度か各地の伝説を紹介した。『平家物語』から始まって、幸若舞、古浄瑠璃、義太夫節、歌舞伎という各種芸能で扱われることにより、英雄化、伝説化が進展したのであろう。しか...