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南北朝

忠臣児島高徳公の英雄時代

「忠臣」と聞いて思い浮かぶ日本史上の人物は?と「WEB歴史街道」が調査したところ、次のようなランキングになったという。大石良雄(内蔵助)、楠木正成、豊臣秀吉、石田三成、弁慶、直江兼続、真田幸村(信繁)、黒田孝高(官兵衛)、乃木希典、平重盛。...
戦国

播磨守護山名氏の栄光

戦国時代は領土争い。ロシアとウクライナの戦争もほとんど膠着状態。ここに至っては朝鮮戦争のように「凍結された戦争」になるのでは、と囁かれている。播磨は赤松氏の領国として揺るがないかと思われたが、嘉吉の乱で但馬の山名氏に奪われてしまう。これを応...
戦後

君が芳躅を慕ふの声

知の巨人徳富蘇峰は、明治半ばに平民主義から帝国主義へと軸足を移した。その記念碑的一文が昭和十年の『蘇峰自伝』に記されている。此の遼東還附が、予の殆ど一生に於ける運命を支配したと云つても差支へあるまい。此事を聞いて以来、予は精神的に殆ど別人に...
江戸中期

赤穂城で考えたこと

赤穂藩は刃傷事件ばかりが注目されて、なかなか実像がつかめない。浅野家に続いて永井家、森家が藩主を務め、特に森家は12代165年にわたって統治した。これに対して浅野家は3代56年。短くとも城下町赤穂の基礎を築いた浅野家を顕彰する特別展「浅野家...
奈良

むかしは橋で、いま屏風

割り込みをされるとカチンとくるものだが、駅のホームでは整列乗車が徹底しており、割り込んでくる人はそういない。ところが、地学の世界では割り込みはよくあることで、岩石の割れ目にマグマが入り込んで固まってしまうのだ。割り込んだ者は悪びれもせず、そ...
南北朝

備中の覇者三村氏の第一歩

一国を牛耳りながらも志半ばにして滅んだ備中三村氏については以前の記事「生き残れなかった戦国大名」で紹介した。武士の名字は地名に由来することが多いが、「三村」はどこにあるのだろうか。井原市美星町星田の城山に「金黒山(かなくろやま)城跡」がある...
明治

児童福祉の原点がここに

二十年以上前になるか、かなり昔に宮崎を旅した折、石井十次の資料館があるというので石井記念友愛社を訪ねた。おそるおそる事務室に声を掛け、岡山から来た旨を伝えると、わざわざ理事長さんが出てきてくださり、大変恐縮したことを覚えている。その節は本当...
安土桃山

朝鮮出兵に従軍した外交僧

慶尚道者。日本国安芸宰相奉勅命令世治也。自今日可守其旨事。慶尚道は日本国の毛利輝元が勅命により治めることとなった。今後そのことをよく理解しておくように。文禄の役において毛利輝元の代官宍戸元続が現地で出した禁制である。書いたのは小早川隆景に従...
戦国

祝・毛利元就郡山城入城500年、毛利隆元生誕500年

今年は大永三年(1523)に、毛利元就が郡山城に入城して500年、長男隆元が生まれて500年というメモリアルイヤーである。近代国家への移行を長州藩が主導したことを思えば、藩祖元就が権力を掌握するとともに世継ぎに恵まれた事に、我が国の起点の一...
古墳

ランキングを下げた巨大古墳

分からない時にはランキングが助かる。車をどこに売ろうかと思った時に「買取台数日本一」「やっぱりビッグが一番」というラジオCMを聞けば、そうなのかなと思うだろう。「売れすぎて車が足りません」と勢いよく叫んでいたのに、あのCMも流れなくなってし...