gyokuzan

鎌倉

排斥されなかった関東遺老

名族とは長く続いた家系のことだ。公家の藤原氏一族はその典型であるが、むしろ幾度もの戦乱を経験した武家にこそ、名族との冠称はふさわしい。鎌倉から南北朝を経て室町、戦国と動乱の中世において家名を存続させたことに価値がある。結城市大字結城(浦町)...
江戸後期

古墳に似て非なるパワースポット

こんもりとして形が整った丘であれば誰でも古墳だと思うだろう。山でさえ四角錐になっていれば日本のピラミッドとミステリー扱いされるくらいだ。今日は埼玉県にある古墳ではない古い塚の話である。埼玉県比企郡小川町大字上横田に「行人塚塚群」がある。つい...
江戸前期

旗本になった武田氏

勝頼自害してのち、武田の子孫は長く絶えにけり。天目山の戦いで戦国大名武田氏は滅亡する。ライバルであった上杉氏は近世大名として存続するが武田氏は歴史の舞台を去る。しかし幕藩体制の中で存続した武田一族もいたようだ。今日紹介するのは旗本の武田氏で...
明治

革命の号砲

町内にある半鐘は、訓練の際にはゆっくりと、すわ一大事というときには早鐘に鳴らされる。もっとも、このところ幸いにも火災はなく、すっかり消防署まかせになって、半鐘の音を聞いたことがない。それだけに半鐘の乱打なんぞ聞こうものなら腰を抜かすかもしれ...
明治

最後の志士の義挙

秩父困民党の革命運動はその名の通り、負債に困窮する農民たちが主力だったが、侠気あふれる富裕層がリーダーとして活躍していた。それはあたかも西郷さんが不平士族の不満を一身に背負って立ち上がったように、村人への貸付金を自ら放棄して困民軍を率いた豪...
明治

秩父コンミューンの始まり

一揆の始まりは神社がふさわしい。神社は地域のシンボルであり、祭礼の折などに民衆のアイデンティティを確かめる場である。一揆の民衆が一味同心を誓う姿は絵になる。傍から眺めるから「絵になる」のであって、当事者の心情はロマンでは語れない。秩父市下吉...
明治

革命無罪の犠牲者

秩父事件は暴動だったのか革命運動だったのか。コップだって真上から見れば円形だが真横から見れば台形だ。同じものを見ても違って見えるのは当然だ。秩父事件から120年を記念して『草の乱』という映画が公開されたのは2004年。事件はロマンをもって語...
明治

草の乱の舞台

「秩父困民党」なら歴史で習ったとたんにおぼえた。事件の詳細は知らずとも字面だけで、困ったんだなあ、とよく伝わってくる。秩父は遠く、行く機会をつかめていなかったが、秩父事件の映画『草の乱』の公開(平成16年9月)に刺激を受け現地を訪れた。秩父...
室町

徳川氏発祥の地

大河ドラマでは、いよいよ徳川家康が天下を狙って動き始めた。我々は結果を知っているから、すべては家康の手の内にあったんだなと感じてしまうが、実際はどうだったのだろう。天下餅をすわりしままに食っただけではなかったはずだ。今日は彼の先祖の話である...
鎌倉

鎌倉幕府に殉じた武将

中世、近世、近代と数百年間にわたって家名を存続させるのは至難の業だ。武家は歴史の大河の中で、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたる事なし、である。そんな中で争いの世を生き抜いた名家が2つある。薩摩の島津氏と奥州の南部氏である。今日は南部氏滅亡...