gyokuzan

飛鳥

伝説の孝行息子

母はどうやっても乗り越えられないものだと思う。つい反発してしまうのだが、やはり孝行すべきものだと、いつの間にか素直な子どもに戻っている。そんな思いから親子の伝説の残る地を紹介しようと思う。以前に橘逸勢父子については紹介したが、今日は同じ地の...
明治

夏草や若者たちの夢の跡

古城が草に覆われているのを見ると、兵どもが夢の跡、と口にしてしまう。城主には主君を守り抜く使命感があったかもしれない。覇権を確立する野望があったかもしれない。その思いは決してロマンではなかった。ギリギリの思いで生き抜こうとしていたはずだ。し...
奈良

道鏡政権成立の道程

皇位継承の危機は今だけのことではない。奈良の昔、聖武天皇の御代は特に天平時代と呼ばれ、日本文化史において一つのピークを迎えていた。国際色豊かな平城の都は今日もロマンで語られ、宮廷も栄華を楽しんでいたかのように思える。大阪府泉南郡岬町深日の国...
奈良

万葉歌に吹く風

歌枕を旅するのは玄人の楽しみである。古典に造詣が深いのは勿論のこと、歴史的景観を復元する想像力を持ち合わせていなければならない。とりわけ近代化に伴う海岸の変化は著しい。なにせ日本に残る自然海岸は海岸総延長の50%ほどであり、大阪府では1%以...
安土桃山

石山合戦終焉の地

人名や地名は、人にあっては顔のようなもので、間違えられると本当にがっくりする。しかし、漢字にふりがなが振られているわけではなし、読み間違えは、ままあることだ。「深日」も字面が易しいわりには、難読の部類に入るだろう。大阪府泉南郡岬町に鶴龍山金...
江戸前期

お若えの、お待ちなせえやし

子どものころ町内の運動会で、ペアになる人を探して二人でゴールする種目があった。「友和」のカードを取った人は「百恵」を見つけ出し手をつないでゴールに駆け込んだ。ところが「お軽」が「勘平」を探し、「お七」が「吉三」を求め、「お夏」が「清十郎」を...
戦後

昭和維新の思想家

維新の会が人気である。大阪維新の会というが、国政をも変革しようという構想を抱いている。大前研一という経済評論家が「平成維新」を主張していた。かつて右翼の街宣車は「昭和維新」の断行を叫んでいた。さらに遡ると、大隈重信首相が「大正維新」を唱えて...
大正

子孫の勝手でしょ

「十五夜お月さん」と言われたら「見ては~ねる」という「うさぎ」のわらべ歌が思い浮かぶ。文部省唱歌である。それとは別に野口雨情が作詞した「十五夜お月さん」という歌もあるのを知ったのは、この記念碑のおかげである。目黒区下目黒3丁目の目黒不動尊・...
江戸中期

さつまいも先生の業績

さつまいも掘りは幼稚園行事の定番で、うちの子もお世話になった。スーパーでは見たこともないような大きな芋が出て来ると、親のほうが興奮している。収穫の喜びと自然への感謝は大昔から大切にされてきた姿勢だが、それを分かりやすく体験できる。子どもは天...
江戸中期

八百屋お七物語の後日談

橋はフラットなものと当たり前に思っているから、眼鏡橋とか太鼓橋などのアーチ形の構造美には目を奪われてしまう。今日は東京目黒に大正年間まで美しい石造アーチ橋があったというお話である。少し前まで橋のたもとに「太鼓鰻」という老舗の鰻屋があったが、...