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神話

よろこびたまふ御心あり

応神天皇は吉備から迎えた妃、兄媛(えひめ)の後を追って、アハヂシマからアヅキシマへと向かった。アハヂは淡路で、アヅキは小豆である。小豆島(しょうどしま)を「あずきじま」と呼ぶのは冗談だと思っていたが、歴史的には正しい読みだったのだ。そのアヅ...
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やがて空しく成りにけるかな(崇徳院その五)

上田三四二は読売文学賞を受賞した『この世この生』で、西行は「地上一寸」浮き上がっている、と評した。花月にあこがれる西行の心が、その身を浮かせているというのだ。なかなか言い得て妙だと思う。その西行が、怨霊と化した崇徳上皇の魂を鎮めに向かった。...
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崇徳天皇弑逆事件(崇徳院番外編)

国王や皇帝の暗殺や自害は、歴史上珍しいことではない。中国史など、そのような話ばかり目につく。我が国でも、あってはならないことだが少しある。安康天皇と崇峻天皇が暗殺され、弘文天皇と安徳天皇が自害している。土御門上皇が自害したという伝説は「土御...
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血染めの石と降りてくる煙(崇徳院その四)

日本三大怨霊とは、菅原道真、平将門に崇徳天皇を指す。このうち「憤死」と形容される壮絶な最期を迎えたのは、崇徳天皇である。その様子については「身は松山に音をのみぞなく」の冒頭で紹介した。本日は亡くなった直後から起きる怪異譚である。坂出市西庄町...
特集

この里過ぎよ山ほととぎす(崇徳院その三)

先日の九州北部豪雨で大きな被害が出た朝倉市に遊びに行ったのは4年前の夏だ。筑後川の美しい流れをよく覚えている。その折の取材をもとに書いたのが「百済救援戦争の大本営」である。この記事の中に「木の丸御殿」という史跡が登場するが、これは中大兄皇子...
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天の羽衣なづるとぞ見る(崇徳院その二)

流人が現地の娘と懇ろになるのは珍しくない。八丈島の宇喜多秀家も、伊豆蛭ヶ小島の源頼朝もそうだ。保元元年(1156)に讃岐へ流された崇徳上皇もまた然り。本日は上皇の配流生活前半の物語である。坂出市林田町に「雲井御所跡」がある。立派な玉垣がめぐ...
特集

身は松山に音をのみぞなく(崇徳院その一)

『保元物語』によると、乱に敗れた崇徳上皇は「生きながら天狗の姿にならせたまひける」という。その姿とは…。巻三「新院御経沈附崩御の事」より柿の御衣の煤けたるに、長頭巾を巻きて、御身の血を出して、大乗経の奥に御誓状を遊ばして、千尋の底へ沈め給ふ...
弥生以前

三億年前のサンゴ礁は今

夏は滝。猛暑のころはさらなり。水しぶきの多く飛びちがひたる。また、白絹を掛けたごとく静かに流れていくもをかし。深く青い山に分け入って分け入って出会う滝は格別だが、ドライブの途中に気軽に寄れる滝も話が早くてよい。本日は国道沿いにある名瀑の紹介...
戦前戦中

八つ墓明神はお怒りじゃ

昭和52年に小学生だった方は「たたりじゃ〜!八つ墓村のたたりじゃ〜!」と男子が叫んでいたのをご記憶であろう。ホラーサスペンスの巨匠横溝正史原作の『八つ墓村』である。昭和には確かに残っていた前近代的な旧家の雰囲気を背景に、おどろおどろしい人間...
戦後

東洋一の孔雀園の思い出

動物園は生涯に三度行くと言われる。最初は親の手を握って、次に恋人と手をつないで、そして子どもの手を引いて行くのである。動物園デートはないが、親子ペアでは確かに行った。最初は子として、次に親として。香川県小豆郡小豆島町蒲生に「小豆島大孔雀園」...