いわゆる正義の戦争よりも

戦争は忘れたころにやってくる。戦争を知らない子どもたちであってもベトナム戦争には猛烈に反対していたものが、近年は戦争反対ばかり唱えていると「お花畑」と冷ややかな目で見られるようになった。戦争の抑止は防衛力増強にあらず。外交努力にしくはなし。

広島県神石郡神石高原町小畠(こばたけ)に「井伏鱒二文学碑」がある。

井伏は広島が誇る偉大な文学者であるが、私は『山椒魚』を国語教科書で読んだくらいだ。その後、山椒魚と蛙が和解する結末が削除され、作品はいったい誰のものかと考えさせられたことが、強烈な印象として残っている。

『黒い雨』は原爆文学の金字塔として、国内外で高く評価されている。文学碑にはその一節が刻まれているようだ。

文学碑
戦争はいやだ
勝敗はどちらでもいい
早く済みさえすればいい
いわゆる正義の
戦争よりも
不正義の平和の方がいい
井伏鱒二著「黒い雨」の一節より
福山市(蒼心書道会主宰)田中蘆雪書

「八月六日の午前八時十五分事実において、天は裂け、地は燃え、人は死んだ。」
昭和廿年八月六日、広島に原爆が投下され、一瞬のうちに二十数万もの尊い生命が断たれた。
日本を代表する文豪井伏鱒二先生により著作された「黒い雨」は、原爆の悲惨さを訴えた作品である。
小説の主人公閑間重松は仮名であるが、本町に実在した人物であり小説のテレビ放映に続き、映画化もなされ、本町はその人と共に舞台となり全国に放映された。
井伏文学と深く係わりのある本町を文学の町として、そして平和を愛する町として、永く継承するため、ここに文学碑を建立する。
一九九二年十月
三和町長 名和善治

主人公のモデルは三和町(みわちょう、H16に神石高原町)に実在した人物だという。調べると、ここ小畠に住み井伏と親交があった重松静馬さんで、その日記に取材して作品が生み出された、と分かった。

戦後81年が過ぎ、先の大戦もすっかり遠くなりにけりであるが、被爆者の方々のお話を聞けばその惨禍がよく分かり、同じような目に遭っている人々が今もガザ地区など世界各地にいる事実にも自ずと目が向く。

あの戦争さえなかったら、と思う。前途洋々たる未来を奪われた若者、帰還できたものの戦争トラウマで人格が変わった父親、焼失してしまった古き良き日本の文化財。私たちも、あの時ああしとけばこんなことに…と悔やむことが多い。それが国家レベルで生じてしまったのだ。

その戦争がなぜ起きたのかはしっかりと検証し、現代政治の教訓とせねばなるまい。敗戦必至と分かっていながら最後の一撃に期待して決断が遅れたこと。支那事変の犠牲を無駄にできないと中国から撤兵できなかったこと、そもそも満州事変後に政府が不拡大方針を貫けず追認する姿勢に終始したこと。

今も似たような判断ミスはないのか。消費税を一時的に引き下げることで社会保障財源を失ってしまうことにならないのか。あれほど議論になった防衛費対GDP比1%突破が今や2%近くになり周辺国と軋轢を生じないのか。皇位継承を男系男子に限って民心を失い結果的に国体を滅ぼすことにならないか。

戦争はすべて判断ミスから生じる。正義の戦争よりも不正義の平和がいいというのは本音だ。とにかく理不尽な目には遭いたくない。ただ満州事変でも南京陥落でも、世論が後押ししたことだけは忘れてはならない。世論が戦争へと突き動かした事実も直視せねばなるまい。

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