江戸後期

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水は野土路に限る

峠の頂で道に寝転がり空を見上げたことがある。空に吸はれし十五の心なら絵にも歌にでもなりそうだが、そんなに若くはなかった。車がめったに来ないからこそできた、ちょっとした思い出づくりである。自分はどこから来て、どこへ行くのか。先のことなど考える...
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姫君が泊まった宿場町の面影

古い家にガタが来たり、モダンな生活に合わなくなって建て替えられるのは、ごく自然なことである。大切に使っていれば、やがて文化財に指定されるかもしれないが、生活者にとってベストな居住空間かどうかは分からない。一軒ならまだしも町並み全体を昔のまま...
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出雲街道をゆく(首切峠→四十曲峠)

首の皮一枚でつながっているとは自分のことかと疑心暗鬼になる。実のところ、動脈も神経も切れているから命まではつながっていない。それでもつながる薄皮に希望を託して毎日頑張っているのだが、おいと呼び止められ、お前はすでに死んでいると引導を渡された...
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医学と化学に貢献した学者一族

津山名物にはホルモンうどん、干し肉、そずり鍋など肉関連、桐襲、よこの餅、五大北天まんじゅうなどの和菓子が知られている。いずれも食通をうならせる逸品である。また、歴史好きで歴史を熱く語りたい方には、榕菴珈琲(ようあんコーヒー)なるものがおすす...
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石畳に残る名馬の足跡

アッピア街道の石畳を世界史の資料集で見たことがある。轍の跡が二筋残る美しい道だ。すべての道はローマに通ずの箴言のとおり、ローマ帝国の発展は道路の整備とともにあった。道路整備は現在も日本各地で進展しており、特に山陰道の進捗状況には目を見張るも...
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いぼいぼ渡れ、この橋渡れ

幸いなことにイボで困ったことがないから、ありがたみがよく分かっていない。いぼ神様の話である。このブログでも「いぼ神様になった巨勢金岡」「お肌の健康は心の健康」で紹介したことがある。皮膚科のない時代には願掛けしか治療法がなかったのだろう。兵庫...
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久米の不思議な岩4選

ストーンヘンジなら子どものころから知っていた。もちろん実際に見たことはないが、世界の謎と不思議みたいな子ども向けの本で読んだことがある。あのような巨岩をどこから運び、どのようにして組み立てたのか。いったい何のために。そんな多くの謎の一つが、...
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佐賀藩が語る長崎外交史

74名のうち61名の首をはねたのである。処刑されたのはポルトガルのマカオからの使節団。来航を禁じたにもかかわらずしつこくやって来るので、日本の決意を思い知らせることにしたのだ。13名が助命されて送り返されたのは、そのためであった。寛永十七年...
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パスポートと同じ菊の御紋

小学校6年生だったか、家庭科の裁縫で枕カバーの刺繍をした。デザインは自由だったので、私は菊の御紋にした。車でもなく飛行機でもなく、なんで菊の御紋? 先生は何もおっしゃらなかったが、怪訝な顔をなさっていたことを覚えている。菊の御紋にしたのは、...
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うどん県の浦島太郎

浦島太郎は三線を弾きながら「うみの~こえが~」と浜辺で歌うイメージが強くなってしまった。桐谷健太の浦ちゃんである。いいとこ全部持って行っちゃってる感じで、日本史上最強の浦島キャラと評価してよいだろう。本来の浦島は「おいお前、ホントにだいじょ...