明治

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汽笛一声新橋を

「汽笛一声新橋を」と口ずさんで、そこで止まってしまった。この有名な歌い出しから新橋が鉄道の起点だったと知ってはいたが、歌詞の続きが分からない。調べてみると「はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として」というそうだ。港区東...
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祝・横浜赤レンガ倉庫100周年

都市の魅力は歴史が生かされていることだ。初めて東京駅に降り立ったときに思ったのだが、横浜を訪れてさらに思いを強くした。歴史こそ都市の魅力だと。自分で写した下の写真を見て、サンクトペテルブルグかと思った。サンクトペテルブルグなんて行ったことも...
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創られた陪塚

大きな古墳には陪塚(陪冢)という小さな古墳が付属していることがある。首長と臣下のような関係だろうか。あるいは家族だろうか。死後も近くにいさせてあげたいというのは古今変わらぬ人の情である。宇治市菟道に「宇治墓陪冢」がある。周囲は道路、鉄道、住...
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創られた陵墓

今でも権力の座をめぐって様々な駆け引きがあるくらいだから、大昔の皇位争奪戦はどれほど激しかったことか。それだからこそ、皇位を譲り合うことは美談として語り伝えられるのだ。宇治市莵道に「応神天皇皇子莵道稚郎子尊宇治墓」がある。陵墓にふさわしく清...
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真に美しい橋

橋には様々なデザインがあり、通行の便宜を図るだけでなく景観を生み出す役割もある。我が家の近くの橋は2車線の対面通行であったが、交通量の増加に伴いもう1本平行して架橋され、上下線が分離された。面白いのは橋の形状で、古い方にはアーチがあるが新し...
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地の下の銀

「坂の上の雲」ではないが、近代化をめざす明治国家には活気がある。乾いた土に雨水が浸み込むように知識や技術を吸収していった。貴重な雨水をもたらせてくれた「坂の上の雲」はお雇い外国人である。朝来市生野町小野の生野銀山に「フランソワ・コワニエ像(...
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山門となった城門

かえすがえすも惜しいと思うのが、戦災と廃城令と一国一城令である。この三要因によって、どんどん城は取り壊されていった。残っておれば文化財としても観光スポットとしても高く評価されただろう。こんな無責任な感想を言っても仕方がない。それぞれの要因を...
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明治天皇の小休止

今では山陽道は山陽自動車道のことをいい、まさに国土軸を形成する幹線道路であるが、近世の山陽道も当時の幹線道路だった。明治になっても近世山陽道の役割は衰えることはなかった。その重要性は、明治天皇、伊藤博文というVIPが通過していることから分か...
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恵方巻発祥の地

日本の年中行事はコンビニによって守られ育てられていくものなんだな。私の小さい頃には恵方巻など聞いたこともなかった。ところが今では,節分には昔からこうして食べてきたかのように,家族で恵方に向かって太巻を丸かぶりする。最近は具のバリエーションが...
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ノブレス・オブリージュ

世の中にはいろいろな記念日があって,その由来を知るのは楽しみの一つだ。苦しい語呂合わせでの関連付けがまま見られるが,本日の紹介は由緒正しい記念日だ。5月1日の「日本赤十字社創立記念日」である。時は明治10年(1877),2月に勃発した西南戦...