戦後

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神秘的な姿に動くこと能わず

滝の名としてはポピュラーな不動滝。その由来については「なぜ不動滝という滝名が多いのか」で紹介した。本日は養父市大屋町の滝を紹介するが、大屋町と言えば「天滝」である。道路脇に設置された説明板によると、そこまで大きな滝ではないらしい。行ってみる...
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水面に出現した富士とは

「よーうつってじゃが」「ほーかのー」とは岡山弁の会話で、「よくお似合いですね」「そうですかぁ(照)」という意味である。この似合うを「映る」と言うのは我が国古来からの用例であり、「気疎(けうと)し」を「きょーてー」と使い続ける岡山弁ならではの...
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落差五十メートルの段々瀑

及ばぬ鯉の滝登りというが、誰もが実感できるから慣用句になっているのだろう。私も時の流れに身を任せながら時運に遇うのを待っていたことがあるが、流るる水は砂を運ばず、吹く風は枝を鳴らさず、降る雨が土塊を砕くこともなかった。私の中の滝登りは叶うこ...
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世界最大規模の渦潮

うずまきナルトというキャラクター名は、ラーメンの具材に由来している。ラーメンにのるナルトは、ぐるぐる模様が鳴門の渦潮を思わせることによる。渦といえば「コリオリの力」を思い出す。台風が反時計回りになるというやつだ。具材のナルトには、渦の向きが...
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マージナルな場所には魅力がある

今年も秋祭りの時季になった。岡山にあるうちの地域では「備前太鼓うた」のレコードを大音量でかけていた。さすがに近年は音量を落としているが、秋の風物詩の一つであることは変わらない。「びぜーんーおかーやーまー」と始まる名調子は誰かと思ったら、北島...
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君が芳躅を慕ふの声

知の巨人徳富蘇峰は、明治半ばに平民主義から帝国主義へと軸足を移した。その記念碑的一文が昭和十年の『蘇峰自伝』に記されている。此の遼東還附が、予の殆ど一生に於ける運命を支配したと云つても差支へあるまい。此事を聞いて以来、予は精神的に殆ど別人に...
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祝・モンサンミシェル建造開始1000年!

「死ぬまでに行きたい」と形容される絶景スポットに、モンサンミシェルがある。今年は建造開始1000年のメモリアルイヤーで、マクロン大統領は現地で「モンサンミシェルはフランスが大きくなるにつれて高くなった」と礼賛したそうだ。岡山市東区正儀(まさ...
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1.5mの険道をゆく

酷道とか険道という国道や県道とは思えないような道路があり、それを楽しむスリリングな趣味もある。快走するドライブがよいに決まっているが、人はなぜ酷く険しい道を走ろうとするのだろう。その日、私は地元の方が美しいという滝を見に行くため、進入したこ...
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七変化する奇跡の樫の木

あだきみそあむという虹は七色という常識は、古今東西普遍的ではないそうだ。冒頭の七色の覚え方にも異説はあるだろう。我が国で七色という見方が普及するようになるのは、文政十年に青地林宗『気海観瀾(きかいかんらん)』が刊行されてからのことだ。ニュー...
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洞庭湖の水の色をした花

中国に湖北省と湖南省があるが、この省名に登場する「湖」が「洞庭湖」である。見たことはないがその景観はたいそう美しく、「瀟湘八景」として我が国の近江八景など美観ベスト8のモデルとなっている。本日は洞庭湖ゆかりの植物の紹介である。鳥取県東伯郡湯...