戦国

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策謀の犠牲となった若君

宇喜多直家は、城下町・岡山を開府したことから岡山での評価は悪くないのだが、全国的には手段を選ばぬ策謀家のイメージが強い。実際にそうした事例が目立つのだから仕方がない。今回も直家にとって不利な史跡の紹介である。岡山県和気郡和気町岩戸に「浦上与...
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浦上氏、つかの間の覇者

戦国大名がどのように評価されているかを測る指標にイベントの有無がある。播磨の名族・赤松氏には「白旗城まつり」がある。岡山の雄・宇喜多氏には「宇喜多秀家☆フェス」がある。宇喜多氏は下剋上の典型で、守護大名の赤松氏の実権を守護代の浦上氏が奪い、...
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島村蟹の居城

それにしてもヘイケガニの甲羅の模様はよくできている。これは伝説を生まずにはおかない。平家の怨念を表しているという。異名を「武文蟹(たけぶんがに)」ともいい、こちらは南朝の忠臣・秦武文(はたのたけぶん)の生まれ変わりだという。同様な命名で「島...
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堺幕府,一瞬の夢

「崩れ」という歴史用語がある。禁教時代でのキリシタンの摘発のほかに,戦国の世で総崩れとなって大敗を喫してしまう場合に用いられる。今日は,16世紀前期に管領を務めた細川高国,そしてその対抗勢力「堺幕府」,両者の争いに関する史跡を訪ねよう。尼崎...
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福岡地名由来の地

福岡県の福岡黒田ライオンズクラブが,岡山県の邑久ライオンズクラブと姉妹クラブとなっている。福岡はアジアとの結びつきの深い国際都市であるが,邑久はあまり知られていない。「おく」と読むのも難しい。調べてみると,この二つのLCは戦国時代の縁によっ...
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家を守った愚鈍な智将?

人は神仏に様々なお願い事をするが,家運隆昌は重要なテーマである。とりわけ前近代において御家第一だった頃には,自分の名誉がかかった人生の目標であっただろう。宇喜多家。戦国時代に台頭し,豊臣政権では五大老に数えられた大名家である。一気に戦国の雄...
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備前宰相生誕の地

宰相とは,現代では首相のことだが,かつては参議の唐名であった。豊臣政権の五大老・宇喜多秀家は,天正十五年(1587),15歳にして参議に任じられる。岡山城主にして参議,「備前宰相」の誕生である。岡山市東区沼に亀の形をした「亀山城跡」がある。...
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梟雄の出世城

謀将やら梟雄やら,宇喜多直家には手段を選ばない策略家というイメージがあるようだ。『太閤記』には,戦国三大悪人として次のように記されている。まことに無道之報、直家にかぎらず。松永弾正忠久秀、斎藤山城守道三、此両人等も直家にひとしく、才高して利...
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岡山の偉大な母

いつの世も母は偉大である。この母あってこその偉人である。厳しく強く,そして優しく。まさにグレートマザー物語である。戦国武将にしても然りであろう。岡山市東区西祖(せいそ)に「宇喜多直家生母の墓」がある。もとは国道2号線より南の寺山地区にあった...
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「なで切り」の時代

門柱に表札がついている。「首塚さんのおうちか…」 いや,そうではない。ここは慰霊の場所なのだ。浜松市北区細江町気賀に「堀川城趾」の石碑があり,その傍らに「首塚」はある。周辺は水田で特に高台に位置するわけではない。それでもここに城が築かれたの...