安土桃山

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関東地方は堀氏の領土だったという幻

織田信長は当然ながら多くの近習を抱えていたが、近習出身で自身あるいは子孫が大名になった者は数少ない。本能寺の変をくぐり抜け、秀吉、次いで家康と主君を変えていく離れ業をこなさねば生き残れないのだ。近世大名となったとしても、お家断絶の危機を乗り...
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義に生きた戦国の佳人

お市の方といえば、天下一の美人であったというイメージが定着している。おそらくは、あの有名な肖像画、高野山持明院蔵「浅井長政夫人像」(重要文化財)に見られる美しさによるものだろう。娘の淀君が母の七回忌の追善供養を行った際に奉納したものと伝えら...
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秀吉に一矢を報いた勝家

天正11年(1583)4月21日(陽暦6月11日)、賤ヶ岳の戦いにおいて、柴田勝家は羽柴秀吉に敗北し北ノ庄へ退却した。22日、柴田側についていた前田利家が秀吉に降伏した。23日、秀吉は北ノ庄に入り愛宕山を本陣とし総攻撃を行った。そして24日...
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福井で考える武将の評価

豊臣秀吉は木下藤吉郎、羽柴筑前守と名を変えてきたのだが、そのことは天下一の出世人という彼の人生を端的に象徴している。今日は武将として力を伸ばした時代の「羽柴」姓ゆかりの史跡である。福井市中央一丁目の柴田神社に「柴田勝家公像」がある。柴田神社...
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三姉妹の心のふるさと

田舎町でオーリガ、マーシャ、イリーナは、かつて暮らしたモスクワを夢見ていた。遠ざかるものに追いすがるかのように「そうよ、早くモスクワへ」と叫ぶ。チェーホフの四大戯曲の一つ、『三人姉妹』である。ロシア文学から入ったものの話の落としどころに迷っ...
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大仏を焼く者は自らをも焼く

ブログ『紀行歴史遊学』はこの記事で500回となる。史跡を訪ねることで歴史を見つめ、自分の生き方をも考えさせられたような気がする。まだまだ知らないことが多すぎる。先師先哲は歴史を生きた数多の人々その人であった。著名人のみが歴史を動かしたわけで...
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石山合戦終焉の地

人名や地名は、人にあっては顔のようなもので、間違えられると本当にがっくりする。しかし、漢字にふりがなが振られているわけではなし、読み間違えは、ままあることだ。「深日」も字面が易しいわりには、難読の部類に入るだろう。大阪府泉南郡岬町に鶴龍山金...
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その後の濃姫

17日(土)にテレビ朝日系列で「ドラマスペシャル濃姫」が放映された。織田信長を主人公とするテレビ、映画は数知れないが、その正室である濃姫をヒロインとしたものは、これまでにあったのだろうか。観月ありさの好演は、謎の多いこの女性のイメージ形成に...
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石舟斎が斬った岩

NHKのBS時代劇で『塚原卜伝』をやっていた。BSは契約していないので見てはいないが、評判だと聞く。堺雅人の名演技のおかげか、卜伝その人の人間的な魅力によるのか、判然とはしない。剣豪の人気は剣の腕前以上に、その生き方にある。柳生十兵衛、その...
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ご先祖さまのおかげです

関東の雄、北条氏が世渡り上手で秀吉に頭を下げていれば、その後の家康の江戸入封もなかったかもしれない。すると日本の首都も果して今の姿であったかどうか。想像するのは楽しいが、主家を失った家臣はそれぞれに生きる道を探さねばならなかった。板橋区赤塚...