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古墳

岡山県内最大の方墳

方墳に円噴、そして前方後円墳に前方後方墳。数が多いのは円墳、方墳だが、地位が高いのは前後二部構成の古墳だ。岡山県内で最大の円墳は「全国屈指の知られざる古墳」で紹介した小盛山古墳、最大の前方後円墳は「日本最大の古墳を歩く」で紹介した造山古墳、...
古墳

岡山県内第1位の未指定古墳

ロサンゼルスにはリトル・トーキョーがあり、我が国には小京都がある。川越は小江戸と呼ばれ、石橋湛山の「小日本主義」が再評価されている。「大歩危小歩危」「大廻小廻山城(おおめぐりこめぐりさんじょう)」と、大きいものに対して小さなものがあるのが世...
古墳

九州産の石棺と消滅した古墳

消滅した古墳として秀逸なのは「百舌鳥大塚山古墳跡」であろう。履中天皇陵の南にあった前方後円墳がすべて削平され住宅街となっている。地理院地図で古い写真を見ると前方後円の美しい墳形を確認できる。どうやら高度経済成長期に開発されたらしい。後円部の...
奈良

殿様が守った古代の文化財

遠江は「とおとうみ」と読むが、古くは「とほつあふみ」といい、遠つ淡海と書く。この「つ」は格助詞で、遠くの湖つまり浜名湖を意味していた。ちかつあふみは、もちろん近江である。古代吉備の豪族に、下道氏と上道氏がいる。「しもつみち」と「かみつみち」...
幕末

無用の長物だった砲台

文久二年十二月五日(すでに1863年)をもって我が国の国是は攘夷となった。幕府が勅を奉じて攘夷を行うことを約したのである。このため文久三年は五月十日の攘夷決行日、八月十三日の攘夷親征と盛り上がったが、同月十八日の政変で破約攘夷の急進派が追放...
特集

真備公を顕彰する二つの石碑【吉備真備⑥】

平安絵巻の傑作『吉備大臣入唐絵巻』は、アメリカのボストン美術館所蔵である。ロゼッタ・ストーンの返還を求めるエジプト人のように悔しいのだが、『絵巻』は奪われたのではなく売られてしまったのだ。その意味では、アラスカを売却して後悔しているロシア人...
特集

真備公ゆかりの二つの墓【吉備真備⑤】

人間到るところ青山あり。骨を埋むる豈ただ墳墓の地のみならんや。人も歩けばお墓に当たる。これだけ多くの人が生きてきたのだから、それだけお墓も多い。一人で複数のお墓がある人もいる。和泉式部の墓は各地にあるようだから、吉備真備の墓が二つ三つあって...
特集

真備公が貢献した二つの文化【吉備真備④】

オセロ発祥の地は水戸市だという。現在の水戸第一高等学校に通っていた長谷川五郎さんと仲間たちの遊びから生まれた。当時の石は牛乳瓶の蓋であった。だからと言って、「オセロ発祥の地」という記念碑があるわけではないようだ。岡山県小田郡矢掛町東三成の吉...
特集

吉備公ゆかりの二か所の館址【吉備真備③】

奈良貴族の邸宅跡として知られるのは、長屋王邸や藤原不比等邸、藤原仲麻呂邸などであるが、昨年、舎人親王邸では?という4町宅地跡が見つかり話題となった。中でも仲麻呂邸は8町という広さだというから、その権勢が偲ばれる。その藤原仲麻呂と相容れること...
特集

真備公の産湯に使った二つの井戸【吉備真備②】

イエスが誕生した時に輝いたというベツレヘムの星は、ヨハネス・ケプラーによれば紀元前7年に起きた木星と土星の三連会合だったという。いや彗星ではないか?超新星爆発では?など、さまざまな説があって決定打はない。吉備真備が生まれたのは持統天皇九年、...