gyokuzan

安土桃山

徳川に天下を取らせた男

「出たっ」初めて牛久大仏を見たとき、思わず声を発した。巨大仏のイメージが強烈な牛久市に、かつて牛久藩があったことはあまり知られていない。石高1万石の小藩ながら、大名山口氏が幕末まで一貫して治めるという安定感。本日は牛久藩の藩祖、山口重政が出...
江戸前期

俳句が芸術になった場所

絶えで魚荷(うおに)とぶや渚の桜鯛桜鯛が飛ぶように売れてるがな。さすがは春や。これは井原西鶴の句で、在原業平の絶唱「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」を本歌としている。桜をしみじみと愛でているのではなく、鯛の美味い季節だか...
戦前戦中

ビルディングに日本屋根

ビルディングの上に日本屋根とは、なんとも妙な取り合わせだ。これは、かつて流行した建築デザインで、「帝冠様式」という。欧米の建築に学ぶものの、大和魂は忘れない。そんな和魂洋才の心意気を表しているようにも見える。名古屋市中区三の丸三丁目に「愛知...
古墳

円墳選手権大会東海代表

今年の1月23日、奈良市教育委員会埋蔵文化財調査センターが「富雄丸山古墳」について、墳丘の直径は約109メートルだったと発表した。これは円墳としては日本最大である。第2位の円墳は、本ブログ記事「無用の長物から学ぶこと」でレポートした行田市の...
明治

外交の処方箋を書いた医者

我が国を代表する時計「CITIZEN」は、大正13年に独自に開発した懐中時計を売り出した。この時計は市民に末長く愛されるようにと、「市民」を意味する「CITIZEN」と命名された。名付け親は、東京市長を務めた後藤新平である。名古屋市中区大須...
室町

信長公の弟君、御討死!

先月20日、「スレブレニツァの虐殺」を指揮したとされる戦犯に終身刑が下された。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争当時のセルビア人勢力指導者、ラドヴァン・カラジッチ被告に対する判決である。1992年、ユーゴスラビア解体によりボスニア・ヘルツェゴヴ...
大正

民主主義の来し方行く末

我が国初の普通選挙では、投票率が80%あったという。ところが今やどうだ。平成29年の総選挙では53%まで下落している。教育が普及し情報化が進展すれば、政治への関心も高まるのかと思ったら、逆にどんどん無関心になっている。民主主義のパラドックス...
江戸後期

生垣に守られ、生垣を守る

うちにはブロック塀があるが、無味乾燥で倒壊しても困るので生垣にしたい。とはいえ、金はかかるし手入れは要るし、やはり生垣も面倒だ。よそんちの生垣が端正に整えられているのを見ると、つくづく感心する。本日は江戸時代から残る生垣の紹介である。愛西市...
江戸中期

芭蕉翁とともに吟じた思い出

松尾芭蕉は人知れず流浪する孤独な俳人かと思ったら、生前から大人気の俳諧師であった。この点は以前に紹介した漂泊の俳人、尾崎放哉とは異なる。本日は、芭蕉の人気ぶりを示す句碑を紹介することとしよう。愛西市佐屋町宅地(たくち)に「水鶏塚(くいなづか...
明治

豊臣氏の末裔が詠んだ歌

豊臣は大坂の陣で滅び、子孫は残っていない。これは誤解だ。滅んだのは羽柴という「名字」の宗家であって、豊臣という「本姓」を称する大名は江戸時代も続いていた。その大名とは、羽柴秀吉の正室おねの実家、木下家である。この家は杉原を称していたが、秀吉...