江戸中期 あまねく人々の利益となった石橋 源頼朝が亡くなったのは、相模川で行われた橋の落成式に参列した帰り道で落馬したことが原因だったという。落馬した地点はJR辻堂駅近く藤沢市辻堂二丁目にあり、橋供養が行われたのは国の史跡・天然記念物「旧相模川橋脚」のある茅ヶ崎市下町屋一丁目であり... 2025.08.15 江戸中期
江戸中期 水害と一揆を語り伝える石碑 歴史は語る人があってこそ存在する。私たちは日々歴史を生きているわけだが、見聞きしたことをすべて叙述しようとは思わない。であれば、語られることのなかった数多の歴史が存在することだろう。本日は語る人あればこその貴重な出来事を紹介する。延宝の大水... 2025.06.09 江戸中期江戸前期
江戸中期 三次もののけ怪異譚 コロナ禍によってメジャーデビューしたアマビエ。おしゃれなお姉さんのような風貌で、厚生労働省によって「STOP感染拡大!COVID-19」のロゴとともに啓発アイコンに採用された。原画は京都大学附属図書館所蔵で、一度拝見したいと思っていたところ... 2025.05.26 江戸中期
江戸中期 討入りをしなかった忠臣 岳飛に秦檜、島田叡に泉守紀、そして大石内蔵助に奥野将監。ヒーローの陰には不当に評価される者がいる。現実を見据えて最適解を見出して行動したはずが、「保身に走った」と中傷される。人の評価は善悪二元論で論じることはできないはずだ。加西市下道山町の... 2025.05.03 江戸中期
江戸中期 大旱魃がもたらした小作騒動 災害は過去に学べ、と災害史の研究が進んでいる。ただ知れば知るほど、我が日本が災害列島であることに不安がよぎるものの、それを乗り越えてきた先人の努力に勇気をもらう思いもする。本日は明和七年(1770)の大旱魃とその影響に注目したい。この年の旱... 2024.12.21 江戸中期
江戸中期 たのもしや五つの道を守りてぞ 中央にあっては老中白河楽翁、地方にあっては早川代官。松平定信の寛政の改革は厳しい取締りのイメージが強いが、地方行政において名代官を数多く輩出している。やはりトップが明確に方針を示すことで、部下が動きやすくなったのだろう。その改革の根幹は、農... 2024.11.12 江戸中期
江戸中期 寛政戊午重三禊飲于此 謎の芸術家バンクシーが器物損壊を問われないのは、価値を台無しにする落書きではなく、価値を付加するアートだからだという。分かったようで、どこか腑に落ちない心持ちだ。しかし、似たような例は我が国にもある。美しい渓流で宴を開いた拙斎先生。興が乗っ... 2024.06.23 江戸中期
江戸中期 空に眠る片桐池田家の殿様 男爵池田長康氏は『貴族院はどうなるか:貴族院改革試案大綱』(昭和十五年、大阪時事新報社)において、世襲議員や多額納税議員の廃止、会派解消など、当時の新体制運動に呼応して貴族院の改革を訴えた。議会開設当時には一定の意義を有していた制度が、今の... 2024.05.02 江戸中期
江戸中期 義民四人衆による社会正義の実現 義民はよい人で騒動は悪いことだ。義民が起こす行動は騒動にあらずして義挙である。騒ぎで秩序が乱されたと思っているのは為政者であり、民衆にとっては社会正義の実現に立ち上がった恩人である。本日は義民ゆかりの地を訪ねたのでレポートする。総社市新本に... 2024.03.15 江戸中期
江戸中期 管轄したのは天領約四万石 風情ある観光地といえば城下町で、街路や町並みの淵源を江戸時代に求めることができる。何万石の城下町であったことは今も市民の誇りであり、都市のアイデンティティとなっている。加賀百万石の金沢はその代表格と言えよう。諸侯の城下町ではなく、徳川家の天... 2024.02.06 江戸中期