明治

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真夏に氷でおもてなし

「グレート・ギャツビー」を読んで、1920年代のアメリカにあこがれるもよかろう。サントリーオールドのグラスを傾けながら、あの頃の自分を振り返るもよかろう。過ぎ去りし時代は、戻れないからこそ輝いて見える。時代には特有の息吹があり、それを映画や...
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見えないけれども大切なもの

大切なものは目に見えないんだよ。含蓄のあるこのセリフを聞いて、貴殿が大切だと思われたものは何だろうか。思いやり? 一緒に過ごす時間? やっぱり、愛? 私はあえて「子午線」だと言おう。しかも日本の時刻を決める標準時子午線である。地図に示されて...
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「壮烈なる戦死」考

先日お墓参りに行った時、ある墓碑に、ビルマ方面で壮烈なる戦死を遂げた、と刻まれているのを見た。「壮烈なる戦死」それは、戦場での死を表現する決まり文句であり、山本五十六大将から一兵卒に至るまで、「壮烈」に亡くなったとされている人は多い。そうな...
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外交の処方箋を書いた医者

我が国を代表する時計「CITIZEN」は、大正13年に独自に開発した懐中時計を売り出した。この時計は市民に末長く愛されるようにと、「市民」を意味する「CITIZEN」と命名された。名付け親は、東京市長を務めた後藤新平である。名古屋市中区大須...
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豊臣氏の末裔が詠んだ歌

豊臣は大坂の陣で滅び、子孫は残っていない。これは誤解だ。滅んだのは羽柴という「名字」の宗家であって、豊臣という「本姓」を称する大名は江戸時代も続いていた。その大名とは、羽柴秀吉の正室おねの実家、木下家である。この家は杉原を称していたが、秀吉...
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「たむろ」する明治天皇

子どもの頃、広島のおじちゃんという人がいて、夏休みにカープの試合を見に市民球場へ連れて行ってくれた。山本浩二や衣笠が出ていたはずだが、さっぱり覚えていない。原爆ドームはすぐ近くだから、その時に行ったのかもしれない。ただ、原爆資料館を訪れたの...
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日清・日露戦役の兵站線

広島が臨時首都となった日清戦争、我が国が坂の上の雲をつかもうとした日露戦争。そのころ宇品(うじな)港は、たくさんの兵士を送り出す軍港で、横浜や神戸に劣らぬ我が国を代表する港であった。現在は広島港として自動車の輸出や四国や瀬戸内の島々への旅客...
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明治初の横綱は最高齢昇進

「平成最後の」という冠言葉をよく耳にする。そうやって去りゆく時代を惜しんでいるのだろう。どこか卒業式の雰囲気に似ているような気がする。「昭和最後の」はちょっと不謹慎で使えなかったから、時代の終焉があらかじめ分かっているのもいいと思う。安倍首...
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永く万人偕楽の地とす

明治初期の文明開化は、「汽笛一声新橋を」と歌われた鉄道や1円切手の前島密が始めた郵便、そして1年が13か月になることのない太陽暦など、今日の私たちの生活の原点を見ることができる。郵便創設は明治4年、鉄道開通は明治5年、太陽暦導入は明治6年の...
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今に至りその沢を蒙るといふ

『JIN-仁-』という秀逸な漫画とドラマがあった。幕末にタイムスリップした脳外科医が、乏しい医療器具にもかかわらず、懸命に人々の命を救うヒューマンストーリーである。仁は主人公の名前だが「医は仁術」という格言を含意している。「一視同仁」という...