戦国

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山陰勢が備前の要衝を突破

羽床(はゆか)という名字は、香川県に集中しているそうだ。ことでんには羽床駅というのがあり、本ブログでも「研辰(とぎたつ)の討たれ」のモデルとなった羽床辰蔵を紹介したことがある。羽床氏はこのあたりの名族で『羽床村誌』には、「鳥羽天皇の朝、保安...
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よく分からないが、すごい城

河川のカーブの内側は、流れが緩やかで川原ができる。長い年月を経て乾陸化した大きな川原には、田畑や集落ができる。本日の舞台である旭川は、中国山地から吉備高原を南流しているが、津山往来が越える箕地(みのち)峠を越えることができない。山にぶつかっ...
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能登の名族、備後で活躍

能登半島の穴水町は今年元旦の大地震で大変な被害を受けた。全域で断水となっていたが、今は徐々に解消に向かっていると聞く。この穴水町に「長谷部まつり」がある。毎年夏に行われる武者行列で、既に61回の歴史がある。文治二年(1186)に初代穴水城主...
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備前最北端に位置する山城

今は消滅した岡山県御津郡は南北に細長い行政区画で、南の福浜村は海に面していたが、北の江与味(えよみ)村は美作に接していた。江与味は現在、久米郡美咲町に属している。御津郡は備前、久米郡は美作。マージナルな場所ならではの争奪戦があったのかどうか...
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鼻のようにうずたかい山城

鼻は人体の一部ではあるが、顔から突き出た鼻のように、出っ張った地形も「鼻」と呼ばれる。有名なのは薩摩半島最南端の長崎鼻だろう。美しい岬で、観光スポットとして人気のようだ。本日紹介する鼻は、岬ではなく山である。鼻のようないい形をしており、鼻高...
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一説によれば児島高徳の居城

南朝の忠臣児島高徳は実在するや否や、と歴史学者が論争していた時代があった。否定派は重野安繹、久米邦武、実在派は田中義成、八代国治である。現代の評価が高いのは実証主義を重んじた重野、久米の両博士だが、児島高徳は「抹殺」されたのではない。地域史...
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備中・備前は切り取り次第

大内氏、赤松氏、尼子氏、そして毛利氏と、周囲の名立たる大名が登場する山城がある。大名たちはこの城のどこに魅力を感じたのか。答えはすぐ隣の「鬼ノ城」にある。瀬戸内に侵入する敵の動向を把握し、中央へ速やかに伝達できる優れた眺望は、古代山城最大の...
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備中矢掛のランドマーク城

伽藍山は備中矢掛のランドマークである。山容はこんもりして美しく、山頂にクスノキの大木があって、遠くからでも視認できる。ということは、頂上からの眺めも好いはずだ。さっそく登ってみよう。岡山県小田郡矢掛町江良と里山田の境に「伽藍山城跡」がある。...
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五重堀切で守る堅固な山城

山城の見どころは本来、敵の動きを察知する眺望であるはずだが、木々の生い茂った現状では期待できない。それでも敵の侵入を防ぐために築かれた防御施設は、いまでも痕跡を確認することができる。山の頂上を均し、尾根を断ち切り、斜面にさらに傾斜を加え、防...
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尼子氏の城、その名は尼ヶ城

尼子山トンネルの下り線が9月5日の火災事故により通行止めとなっているが、12月下旬には復旧するそうだ。トンネルの南に尼子山があり、頂上に城跡がある。その名から想像するとおり、山陰の雄尼子氏が播磨に進出した最盛期の名残りである。尼子氏は出雲が...