安土桃山

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加藤清正一番乗り

七本槍,虎退治など武勇伝の多い加藤清正。豊臣家への忠義,築城の名手,日蓮宗への篤い信仰など,功績,人柄ともにウリの多い興味深い武将である。今日は彼がまだ二十歳の頃に一番乗りの功名を得た城跡を紹介しよう。岡山市北区下足守に「冠山城跡」があり,...
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金鯱で飾られた幻の天守

天守閣のない城なんて…と思えるくらい,城=天守のイメージが強い。しかし,天守の存在は城郭に必須の要件ではない。本日紹介する城も天守閣の有無が長い間はっきりしていなかった。宮崎市佐土原町に「佐土原城跡」がある。写真は「天守台跡」である。中世,...
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自らの命に代えて

歴史上の人物が「公」という尊称で呼ばれるのは,地元の人々に慕われている証拠だ。今日は23歳の若さで亡くなりながらも,今も盛大に顕彰活動が続けられている戦国武将の話である。三木市上の丸町の雲龍寺に「別所長治公・照子夫人首塚」がある。時は天正六...
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三木の干殺し

22か月である。これほど秀吉が苦戦した合戦はない。播磨・三木城の包囲戦である。守るは従四位下侍従別所小三郎長治二十三歳。両将ゆかりの地を訪ねてみよう。三木市上の丸町の三木城址に「別所長治公像」が建立されている。三木市ライオンズクラブ結成40...
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伝説の軍師

名将に軍師あり。天下人・秀吉には「両兵衛」がいた。すなわち,竹中半兵衛,黒田官兵衛である。うち官兵衛は関ヶ原を生き抜くまで命を永らえるが,半兵衛は天下統一前に若くして没する。胸の病だったという。三木城包囲戦の最中のことである。三木市平井に「...
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日和見こそ生きる力

日和見といえばいい加減なイメージがあるが,戦国の世を生き抜くためには,そのくらいの柔軟性はあってよい。節を曲げずに大義に殉じるのは美しい生き方かも知れぬが,滅んでしまえばお終いだ。八幡市八幡南山の八幡洞ヶ峠交差点に「筒井順慶陣所跡」の石碑が...
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政宗と母の確執

母が子に毒を盛る。時として常識では考えられないことが起こる。現代の虐待事件ではない。昨今の戦国ブームで歴女から「マサムネサマ」と高支持を誇る伊達政宗の話である。仙台市青葉区北山1丁目の覚範寺の本堂裏に「保春院の墓」がある。写真では右の小さい...
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無血開城の英雄

無血開城といえば本朝ならば西郷隆盛に勝海舟,遠く異朝をとぶらへば北京解放時の国民党軍の傅作義将軍が思い浮かぶ。戦国の世ならば最後の一兵まで戦うのかと戦うのかと思ったら,そうでもなさそうだ。負けると分かっている戦いは無駄以外の何物でもない。大...
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帰りたいと言った石

帰りたいと言って泣くので元の場所に戻したら泣き止んだ,という石の伝説を時々聞く。今日紹介する話もそれに少し似ている。姫路市香寺町田野に「岩帰大明神」がある。御神体は,腰掛けるのにちょうど良い大きさで「岩帰さん」とも呼ばれる岩である。下の病気...
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祭りと酒が伝える人望

支配者がどのように民衆の記憶に残るかは興味深いところだ。忘れ去られる者が圧倒的に多いが,悪くすると暴君とされ,上手くいくと名君となる。本日紹介する名君は戦国の敗者である。しかしながら,その負けた戦いの様子が再現されるほどに偲ばれている人物で...