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明治

永く万人偕楽の地とす

明治初期の文明開化は、「汽笛一声新橋を」と歌われた鉄道や1円切手の前島密が始めた郵便、そして1年が13か月になることのない太陽暦など、今日の私たちの生活の原点を見ることができる。郵便創設は明治4年、鉄道開通は明治5年、太陽暦導入は明治6年の...
大正

リニア中央新幹線の源流

むかし品川駅近くに住んでいた頃、京急の赤い電車にはずいぶんお世話になった。飛行機で羽田空港に着いてから京急に乗った。川崎大師に10年に一度の「赤札」を求めてお参りしたことがあるが、その時も京急に乗った。本日は、京急の創業者のお話をしよう。岐...
奈良

名水の流れる天下の名瀑

「天下の名瀑」とは我が国を代表する滝を指す表現だ。読者諸兄姉はどの滝を思い起こすだろうか。華厳の滝か白糸の滝か、それとも神庭の滝か。本日は、落差こそ32mで大したことはないが、メジャーデビューから1300年という名瀑を紹介する。岐阜県養老郡...
奈良

汲みてなむるにめでたき酒なり

今年は改元が予定され、何だかお祭り前のようなワクワク感がある。一昨年(2017)は養老改元1300年に当たり、岐阜の養老町が大いに盛り上がった。養老公園で「改元の宴」という酒飲みイベントがあると聞き、私もお祝いに駆け付けた。広い公園を眺めな...
江戸前期

家康公のお母さんの実家

「ふる石や 瓦飛び込む 水のうち」水野忠邦は天保の改革の失敗により老中を罷免された際に、民衆から石や瓦を屋敷に投げ込まれた。「水の出て もとの田沼に なりにける」水野忠成(ただあきら)は老中として大御所家斉のもと、田沼時代に劣らない金権腐敗...
戦前戦中

戦後は遠くなりにけり

戦後70年を経て数年、元号が改まろうとしている。「もはや戦後ではない」とは1956年度の『経済白書』の言葉だが、その当時はじゅうぶん戦後であった。戦争の記憶が薄らいでいく現在、ついに「戦後は遠くなりにけり」の感慨を覚える。福山市東町二丁目の...
明治

今に至りその沢を蒙るといふ

『JIN-仁-』という秀逸な漫画とドラマがあった。幕末にタイムスリップした脳外科医が、乏しい医療器具にもかかわらず、懸命に人々の命を救うヒューマンストーリーである。仁は主人公の名前だが「医は仁術」という格言を含意している。「一視同仁」という...
幕末

江戸城無血開城のお手本

平成29年秋の衆院選で民進党が4分裂(立憲民主党、希望の党、民進党参議院、無所属の会)した時、議員の先生方はずいぶん去就に迷われたに違いない。信念に基づいて行動するのが代議士の本分だが、もはや、きれいごとを言っておれない生存競争であった。も...
幕末

アベちゃんに学ぶ国際協調

我が国の国際化において最大の功労者は、阿部正弘だろう。彼が周到に準備して日米和親条約を結んだからこそ、対外的に平和が保たれたのである。火種はむしろ国内にあった。正弘の死後、攘夷派の言動は次第にエスカレートし、テロの嵐が吹き荒れる。薩長はその...
江戸前期

あの鐘を鳴らすのは機械

田舎あるあるの一つに、時報メロディがある。朝7時や夕方5時に郷愁を誘うような音楽が流れる。早朝ウォーキングや畑仕事をしていても、「おお、そんな時間か」と気付かせてくれる。市街地にはないと思っていたら、思い出した。岡山県庁では平成28年8月ま...