gyokuzan

源平

面影うかぶ月ぞ悲しき

瀬戸大橋は遠きにありて思ふもの、近きに寄りて眺むるもの、渡るものにはあるまじや。開通してしばらくは往復1万円かかり、渡るのにはかなりの覚悟を要した。海上に橋を架けるという人類の偉業は橋の上を走るよりも、たもとから見上げるほうがよく分かると、...
飛鳥

百済の王子が棲んだ古代山城

古代山城の鬼ノ城が家の近くから見えた時には感動した。なにせ20kmも離れており、もやか霞で見えないこともよくある。遠くまでくっきりと見える爽やかな日には、西方の山々の緑の中に、ほんの少々山肌を確認できる。これが鬼ノ城だ。総社市奥坂に「鬼ノ城...
戦国

児島のジャック・スパロウ

海賊といえば「ルフィ」だし「ジャック・スパロウ」ということになろうが、カリブ海には実際に「黒髭」という海賊がいた。髑髏と×にした2本の骨をデザインした海賊旗も本当にあったというから、アニメや映画の世界も絵空事ではない。海に囲まれた我が国にも...
戦国

制海権を掌握した海城

今年4月、台湾の蔡英文総統とアメリカのマッカーシー下院議長が会談すると、中国は台湾周辺で軍事演習を行って台湾に圧力をかけた。制海権、制空権に加えて制情報権を奪取する能力を検証したのだという。おたくは袋の鼠ですよ、と台湾に言いたいのだろう。西...
戦国

備前児島内高畠色立(いろだち)

高松城水攻めと本能寺の変は戦国史のクライマックスであり、秀吉の天下獲りはここから始まった。官兵衛は「ご運が開けましたな」と言ったが、中国大返しや毛利追撃阻止の背景には、運が開けるように周到な準備があった。それは制海権の掌握である。玉野市上山...
明治

お殿様の客殿の移転事情

本ブログ開設以来の総アクセス数が85万を突破しました。これもひとえに皆様のおかげと感謝し、今後とも精進を重ねてまいります。何卒よろしくお願い申し上げます。文化財の所有者が移転することはよくある。岡山県が購入した「赤韋威鎧」は6億円。もとは新...
戦前戦中

岡山はゴザ発祥の地

うちでは昔、イグサをつくっていた。夏の刈り取り作業は「ゆかり」といって大変な重労働だったため、県北から人夫さんに来てもらっていた。西粟倉だったか東粟倉だったか、あのあたりだったと記憶している。今年もうだるような夏がやってくる。地面も空気も建...
弥生以前

小さな古墳の大きな意義

我が国の古代には様々な謎があるが、前方後円墳の出現もその一つだ。あの形はいったい何なのか。前やら後ろやらは後世の人が勝手に決めたことだ。鍵穴というが、当時そんなものはなかったし、今の鍵穴はそんな形状ではない。前方後円という墳形が一気に全国展...
明治

漸次隆昌に向ひ名医嘖々たり

ずっと前に白目に出血が見られたので、震え上がって医院に駆け込んだことがある。医者から見るとよくある症例だったのか、あっさりした治療で拍子抜けした。以来、おかげさまで眼科には行っていない。やはり、困った時に頼りになる人、それはお医者さまである...
平安

地名に残る山上伽藍

比叡山に一度だけ登ったことがある。こんな山上にお寺を開こうとは、常人なら思い付かないだろう。延暦寺は麓の日吉大社を守護神としており、かつては寺院と神社の境界はあいまいだった。玉野市田井四丁目と五丁目、八浜町八浜の境あたりに三等三角点「三皇」...