gyokuzan

大正

潮を観る、汐を見る

森鷗外に現代語訳が出ている。鷗外は古典だが古文か?とも思ったが、むかし教科書に載っていた『舞姫』が読むのにつっかえて途中で放り投げたことを思い出した。もう漫画でも何でもよい。とりあえず鷗外ワールドに入ることが大切だ。今日は鷗外の執筆環境に入...
戦前戦中

直ぐなる竹の心

ぐっさんを見る目を変えたのは大河ドラマ『新選組!』で永倉新八を演じてからだ。器用で面白い芸人さんとは思っていたが、そんなものではない。あの眼光にあの声音、永倉新八の人物像を見事に表現していた。北区滝野川七丁目に「新選組永倉新八墓」がある。永...
大正

明智小五郎がデビューした坂

どうも菊人形に興味が湧かない。スタイリッシュな雰囲気が感じられない。スタイリッシュな菊人形?イメージがつかめない。園芸細工としてはよくできており、伝統文化として観賞すれば、それなりの楽しみ方もあるのだろう。だが、つい『犬神家の一族』のシーン...
戦前戦中

高輪のランドマーク

子どもは消防車が好きだ。図鑑に載っている特殊な形態の車両を見ては喜んでいる。街中でそんな車を見つけようものなら大きな声で叫ぶ。消防署には生活に安全、安心を提供してくれる存在として、私も敬意と感謝の念を抱いている。特にこの消防署を見て、その思...
幕末

近藤勇の最期

誰でも普通お墓は一つだが、個人のお墓がたくさんあるというのは、故人を慕う人が多いからだろう。新選組局長の近藤勇もその一人だ。近藤勇は斬首されたから首と胴は別になったが、それぞれ複数の塚があるというから謎めいた話でもある。北区滝野川七丁目の寿...
戦後

板橋の板橋

地名には何がしかの起源があるはずだ。大阪は上町台地に坂があったのだろう。岡山には丘みたいな小さな山があったに違いない。では板橋には板の橋があったのか。行ってみると、それはあった。もっとも板の色をしたコンクリート製だったが。板橋区仲宿に「板橋...
明治

時を越えた愛の絆

豊臣秀吉死後の混乱の中で、五大老の地位から近世大名として存続できなかったのは宇喜多家のみである。時流を読み誤ったのか運が悪かったのか。うまくすれば近代華族となっていたかもしれない。板橋区板橋四丁目の東光寺の境内に「宇喜多秀家の墓」がある。ま...
江戸後期

帝国陸軍発祥の地

各地のイベントで鉄砲隊が登場し轟音を響かせて会場を盛り上げている。今でこそ出しものの一つだが、かつては軍事技術の最先端だった。板橋区民まつりで毎年活躍しているのが西洋流火術鉄砲隊である。我国陸軍創設者の一人、高島秋帆先生の事績を今に伝える鉄...
安土桃山

ご先祖さまのおかげです

関東の雄、北条氏が世渡り上手で秀吉に頭を下げていれば、その後の家康の江戸入封もなかったかもしれない。すると日本の首都も果して今の姿であったかどうか。想像するのは楽しいが、主家を失った家臣はそれぞれに生きる道を探さねばならなかった。板橋区赤塚...
江戸後期

飽食に警鐘を鳴らす

日本に飢饉があった、餓死者が続出したなんぞ信じられない時代になっている。多くの人が食べ過ぎて命を縮めているくらいだ。しかし、江戸時代には飢饉があった。特に享保、天明、天保は三大飢饉と呼ばれている。今日は天保の大飢饉の史跡である。板橋区赤塚5...