gyokuzan

弥生以前

岩は大量絶滅を見たか

岡山平野南部の干拓地に立てば、かつての「吉備の穴海」がイメージできる。周りが山に囲まれているのだ。南の金甲山、北の金山はすぐに視認できるだろう。その金山の右側にも同じくらい高い山がある。本宮高倉(ほんぐうたかくら)山だ。気になるので登ってみ...
戦後

落差五十メートルの段々瀑

及ばぬ鯉の滝登りというが、誰もが実感できるから慣用句になっているのだろう。私も時の流れに身を任せながら時運に遇うのを待っていたことがあるが、流るる水は砂を運ばず、吹く風は枝を鳴らさず、降る雨が土塊を砕くこともなかった。私の中の滝登りは叶うこ...
古墳

最初の円筒埴輪ゆかりの古墳

埴輪の起源について強烈な印象を残したのは、手塚治虫『火の鳥(ヤマト編)』である。切ない物語の原話は『日本書紀』であり、私はすっかりそれを信じていた。しかし、考古学の成果によれば、埴輪の起源は吉備の特殊器台から発達した円筒埴輪だという。その円...
弥生以前

縄文稲作の最古例はどこか

稲作の起源は諸説あって、日本史の謎の一つである。一説に、最古の証拠は朝寝鼻貝塚で見つかった6400年前のプラントオパールだ、という。これは縄文時代前期であり、この時代からご飯を食べていたなら縄文人のイメージがかなり変わるだろう。さっそく現場...
古墳

前方後円墳のライセンス

デザインの権利を保護する意匠制度は、明治21年公布の意匠条例に始まる。意匠登録第1号は、須永由兵衛(すながよしべえ)のテキスタイルデザイン「雲井織」であった。今や自動車、建築物からペットボトル、お菓子に至るまで様々な工業デザインが保護され、...
明治

治に居て乱を忘れず

都道府県持ち回り開催で二巡目が進行している国体は国スポと改称されたが、知事からは「廃止」の声も上がっている。莫大な費用をかけてインフラ整備をしたはいいが、その維持に困っているとか、国内最大のスポーツイベントでありながら、最高レベルの選手は他...
戦国

宇喜多氏の拠点を守った山城

海を陸に変えて岡山の穀倉地帯は生み出された。児島湾の干拓である。その嚆矢となったのが宇喜多開墾であり、その潮止堤防を宇喜多堤という。天正の昔に宇喜多秀家が行った。実際の指揮を執ったのは、高松城水攻めで築堤の実績があった岡豊前守利勝と千原九右...
戦国

備作国境を守る技巧的山城

周匝(すさい)は備作国境の要衝で、国道374号で南北へ通じ、国道484号で備前西部へと進入できる。水運が盛んだった吉井川の中流部に位置することも見逃してはならない。この周匝のシンボルが、吉井城山公園の模擬天守である。史実とは異なるものの、確...
江戸中期

空に眠る片桐池田家の殿様

男爵池田長康氏は『貴族院はどうなるか:貴族院改革試案大綱』(昭和十五年、大阪時事新報社)において、世襲議員や多額納税議員の廃止、会派解消など、当時の新体制運動に呼応して貴族院の改革を訴えた。議会開設当時には一定の意義を有していた制度が、今の...
大正

祝・酒津樋門完成百年!

真備大水害の悲劇を二度と繰り返すまいと急ぎ進められた小田川付け替え工事が完了し、3月27日に記念式典が執り行われた。バックウォーター現象の危険性を鑑み、被災前に工事計画もできていたのだが、自然の猛威は待ってくれなかった。今回、柳井原貯水池が...