大阪相撲で活躍した大鳴戸親方

岡山出身の関取と言えば関脇・鷲羽山だ。小兵ながら土俵狭しと動き回り、多彩な技で観客を魅了した。近年は岡山出身の上位力士をさっぱり見かけない。昭和初期には横綱常ノ花を輩出したことだし、そろそろ大物が現れてもいいんじゃないか。本日はさらに昔、明治半ばに大阪相撲で活躍した岡山出身力士である。

岡山市東区金岡東町二丁目に「大鳴門富三郎顕彰碑」がある。

「なると」は鳴門とも鳴戸とも表記する。地名なら鳴門で、相撲の親方なら鳴戸か大鳴戸である。現在の鳴戸親方はブルガリア出身の大関・琴欧洲である。明治ブルガリアヨーグルトの化粧まわしが印象的だった。

また、現在の大鳴戸親方は石川県出身の大関・出島である。石川県は先日の秋場所で久々に優勝した横綱大の里、大横綱輪島を輩出している。出島は平成11年の名古屋場所で優勝して翌場所から大関となった。引退後に襲名した大鳴戸は15代目となるそうだ。

石碑は大鳴門だが、年寄名跡「大鳴戸」の初代となったのは、岡山出身の大鳴門太三郎という大阪相撲の関脇であった。明治21年に広角組という組織を作って独立し東京相撲に参戦したが、戦績は芳しくなかったという。同28年に大阪相撲に復帰した。

2代目大鳴戸が本日の主人公、大鳴門富三郎である。経歴は説明板で確認しよう。

大鳴門富三郎
本名上岡富三郎(かみおかとみさぶろう)一八六三年(文久三年)生まれ、一九一四年(大正三年)十一月四日没 享年五十一歳
備前国上道郡(現在の金岡東町二丁目)出身で明治時代に活躍した力士である。もっぱら大阪相撲協会に属し、明治十九年虎ヶ嶽、後に春日森と改名しさらには大鳴門を襲名、年寄として大阪相撲の発展に尽力する。
身長一七九cm、体重八六kgで、当時としては大男であった。

春日森で活躍していた頃、広角組に参加し東京相撲で2勝3敗3分2休の結果を残した。これでも広角組内では好成績だったらしい。

今月12日から大相撲金沢場所が開催される。地元期待の大の里に加え休場していた豊昇龍も参加し、両横綱そろい踏みとなるという。近年は一時代を築くような大物力士はいないが、誰が優勝してもおかしくない面白さがある。金沢場所が大いに盛り上がり、九州場所へ向けて弾みがつくとよい。この金沢場所を仕切るのはもちろん出島の大鳴戸親方である。

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