なんでもないような場所が映画のロケ地となったりアニメで描かれたりすると聖地化してファンが訪れるようになる。そうりゃそうだろう。これまで何度も紹介してきた腰掛石は地学的には普通の石だが、貴人が腰掛けることで貴重なものとなる。特別感が醸成され、付加価値が生じたのである。
小説やヒット曲に登場する地名でもそうだ。作品の世界観やメロディがその場所を色鮮やかに染め上げ、訪れる楽しみを提供してくれる。金沢には五木寛之氏が名付けた「あかり坂」があるそうだ。備中新見には与謝野夫妻が名付けた「満奇洞」がある。



新見市豊永赤馬(とよながあこうま)に「満奇洞」がある。洞内には様々な形をした奇岩があり、上手に名前が付けられている。写真は上から、いかつい下半身の「仁王の脚」、専門的にはリムストーンという「千枚田」、どこかのお寺で見たような「五百羅漢」である。
県指定天然記念物「阿哲台」を構成する鍾乳洞だ。駐車場には二枚の説明板がある。続けて詠んでみよう。
天然記念物(昭和三十二年十一月五日 岡山県指定)
満奇洞
満奇洞は江戸時代末期、猟師が狸を追っているとき発見したといわれ、古くから知られてきました。
昭和四年十月、歌人与謝野鉄幹晶子夫婦はこの地を訪れ、槇(まき)という地名から「槇の穴」と呼ばれていた名称を地名にちなんで、奇に満ちた洞くつ-満奇洞-と命名されました。
まきの洞夢にわが見る世の如く
玉より成れる殿づくりかな 鉄幹
満奇洞千畳敷の蝋(ろう)の火の
あかりに見たる顔を忘れじ 晶子
洞くつは迷路に富む閉塞型の平面に発達した横穴で、総延長は約四百五十メートル、最大幅は約二十五メートルあります。
入口のホールをくぐり、鍾乳石の発達した狭いあたりを抜けると、日本屈指のリムストーン「千枚田」が広がり、巨大なホール 「龍宮」には無数のストロー(鍾乳管)やつらら石・流れ石・石筍・石柱がよく発達しています。「夢の宮殿」は断層が二本交錯した場所であり、断層の鏡肌(かがみはだ)や断層角礫をはっきりと確認することができます。
満奇洞はノッチ(溶食溝)の形成もよく、カーテンつらら石・リムストーン・流れ石・曲がり石などあらゆる種類の鍾乳石もあり、その変化のすばらしさは他に比類がなく、鍾乳洞の学習にも最適のコースといえましょう。
新見癒やしの名勝遺産
満奇洞
豊永村赤馬槇の山腹にあり。嘉永年間里人狸を捕へんため竇口を開きしに始まるといふ。と阿哲郡誌は記しています。満奇洞は新見市では最も早く開発された鍾乳洞で、昭和初期にはすでに他県にまで知られていました。
洞穴は平面に発達した迷路に富む閉塞・断層裂か型の吐出穴であり、総延長は四五〇メートル最大幅二五メートル。洞内最大の池は夢の宮殿、竜宮と呼ばれ無数のつらら石、カーテン、洞穴さんごが発達し、見事な景観を醸し出しています。
洞窟内にある池の最大水深は約一メートルで、この水は洞内の炭釜、千枚田付近で地下に吸い込まれ、そのため洞口付近は流水がなく鍾乳石は乾燥し、風化しつつあります。
鐘乳管、つらら石、畦石、カーテン、石筍、石柱が発達し、また小さいながらも洞穴サンゴ、曲石なども無数に存在し、鍾乳石の宝庫と呼んでも過言ではないでしょう。
「満奇洞」の名は地名の槇にちなんで、歌人与謝野鉄幹晶子夫妻が昭和四年ここを訪れたときに命名し、次のような短歌を残しています。
まきの洞 ゆめに吾が見る 世の如く
玉よりなれる 殿つくりかな
昭和三十二年に県の天然記念物に指定されています。
悠久の自然界が生み出した神秘的とも思える様々な景観や生物、そこに存する歴史・文化・学術、我々がそこから得る無限の喜びを互いに共有し、未来へ引き継いでいく責務を自覚しなければならない。ここに本委員会は、標記の所を心身が癒やされる名勝に選定し、これを「新見癒やしの名勝遺産」として認定する。
二〇〇九年十一月二十六日
阿哲商工会地域遺産認定委員会
確かに古い地誌には「槇の穴」と紹介されている。猟師が温泉を発見したという言い伝えはよくある。中には鍾乳洞も発見した人もいたようだ。おそらく古墳を見つけることもあっただろう。
近年はインフルエンサーに旅の楽しさを発信してもらうプロモーションが人気だが、昭和4年当時の与謝野夫妻は名声高い文学界の重鎮であり、歌作品として発信する情報には珠玉の価値があった。
夫妻を招いたのは高梁町の写真館「芳賀芙蓉軒」の主人、芳賀直次郎であった。六女藤子を連れた夫妻を地元の人々は大歓待したという。藤子が後に夫とするのが会津若松の森芳介という人で、森は夫妻が創立に関わった文化学院に学び、晶子を裏磐梯へ招待するなど親交を深めていた。裏磐梯でも秀歌を残すなど、晶子の行く先々に歌枕が生まれたのである。

その折の代表的な作品が歌碑となって洞口前に置かれている。説明板を読んでみよう。
昭和四年情熱の歌人与謝野鉄幹晶子夫妻が来遊し、数多くの詩(うた)によまれているように奇趣に満ちた洞と激賞され「満奇洞」の名が生まれました。その中の代表作を来遊記念として建立いたしました。
昭和五十二年四月三日建立
碑文
おのづから不思議を満たす百(もも)の房
ならびて広き山の洞かな 寛
満奇の洞千畳敷の蝋(ろう)の火の
あかりに見たる顔を忘れじ 晶子
蠟燭の灯りに照らされた顔。懐中電灯を顎の下から照らすのとは異なるだろうが、陰影が濃く映ったことだろう。今のように明るい洞内ではなかったから、小さな灯りが照らし出すものは印象深かったに違いない。
与謝野夫妻のおかげかどうか岡山県内の鍾乳洞では一番人気で、「森の芸術祭」の会場としてインスタレーションが展示された2024年には9万7650人が訪れたという。自然の造形美にアーティストの発想が加えられ、幻想的かつ神秘的な異空間が出現した。

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