観音滝への道で考えたこと

対馬観音寺で盗まれた「観音菩薩坐像」が、韓国大法院の英断で昨年約13年ぶりに変換された。14世紀の高麗仏で、倭寇によって日本に持ち込まれた可能性があるという。しかし確かな証拠はないし、そもそも観音寺は、占有期間の20年どころか数百年の長きにわたり隠すことなく大切に祀ってきた。当然、所有権は観音寺に認められたのである。

常識的だと思うが、グローバルに見ると似たような事例は多い。ロゼッタ・ストーンはエジプトが返還を要求しているし、イスラエルはパレスチナが旧約聖書に示された約束の地であるとして領土を主張している。歴史的にどの時点を根拠とするのが正しいのか。いや、そもそも正しさはあるのか。

高梁市成羽町坂本と備中町東油野の境に「観音滝」がある。

観音滝という名称に触発されて所有権の論拠について考えたが、以下は何のことない探訪記である。この滝へのアクセスはしやすく、岡山県道33号新見川上線沿いに広い駐車場があるし、備北バスの「観音滝口」停留所もあり、高梁方面から1日4本の坂本行きが出ている。

駐車場からの道も迷うことはない。山陽新聞サンブックス『岡山の滝』には、次のような案内がある。

観音滝<成羽町坂本>
渓流沿いに薄暗い滝見道を約1キロ、途中三、四度飛び石伝いに浅瀬を横切り、路傍の石仏を追うようにして、消えかかった山道を探しながら進むと、最後に急峻な崖、登り切ると観音さまを祀る洞穴、そこから下の滝の滝口脇を抜け、次なる崖地を乗り越えると壮大な観音滝が眼前に迫る

水の流れが稲光のように見えるが、涼しげな滝音だ。落ちる滝水は絶えずして、しかも元の水にあらず。同じように見えながらも、常に新しい。新たなチャレンジをする人は次々と現れ、似た問題は今後も起きるだろう。

この夏、九州国立博物館の特集展示「九州渡来仏」で冒頭の観音菩薩坐像が展示された。「観音さま、おかえりなさい」「日韓をむすぶ祈りの心」と紹介されている。恩讐を越えて、その価値を両国で高く評価し、友好の象徴としていついつまでも崇敬したいものである。

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