私がAIの利便性を実感しているのは、漢詩の解釈である。漢字の羅列にしか見えない詩文を、文法に沿って書き下し分かりやすく訳す。どこぞのサイトから引っ張ってきたと思ったらそうでもない。これまで学習から類推して独自の表現をしている。なかなかいい相棒だ。



倉敷市真備町妹(まびちょうせ)に「琴弾岩(ことひきいわ)」がある。琴を弾いたのは、あの吉備大臣、真備公である。
小田川の河川敷から見ると、とても存在感を感じる。上部はけっこう平らで、秋の弾琴祭では琴と尺八の演奏が行われている。説明板を読んでみよう。
琴弾岩
奈良時代に右大臣として中央政界で活躍した吉備真備公が、晩年父祖の地に帰り、中秋の名月の夜に、小田川に臨むこの岩の上で琴を弾かれたと伝えられているところから琴弾岩と呼ばれている。
昭和24年以来、町民は毎年中秋の名月の夜にこの岩に集い、真備公の故事にちなんで弾琴祭(だんきんさい)を催し、岩上で琴・尺八を演奏して公の遺徳をしのんでいる。
倉敷市教育委員会
今年の弾琴祭は9月26日(土)の予定で、78回目となる伝統行事だ。岩の周辺にたくさんの人が集まるのだろう。岩の隣に漢詩碑がある。AIのアシストを得ながら鑑賞してみよう。
江頭留片石 江頭に片石を留(とど)め
公昔此弾琴 公昔此に琴を弾(だん)ず
明月映回澗 明月回澗(かいかん)に映り
清風吹素襟 清風素襟(そきん)に吹く
千行憂国涙 千行(せんこう)憂国の涙
九逝老臣心 九逝(きゅうせい)老臣の心
欲問峩洋意 峩洋(がよう)の意を問はんと欲すれば
空聞流水音 空(むな)しく聞く流水の音
吉備公弾琴石小田川のほとりに大きな岩がぽつんと残っている。吉備真備公はかつて、この岩の上で琴を弾かれたという。明るい月は巡る谷川を照らし、清らかな風が素直な心を吹き抜ける。国を憂いて流した数々の涙やどこまでも国に尽くそうとする老公の心。「高山流水」の故事に倣って琴を弾ずる公の志を慮(おもんぱか)ろうとしても、ただ虚(むな)しく川のせせらぎが聞こえるばかりだ。
昭和廿四己丑六月予賦弾琴石詩中秋邑人景仰公徳設弾琴之会
豹軒鈴木虎雄記
高山流水とは「列子」湯問篇に掲載されている故事で、
伯牙鼓琴、志在高山、鐘子期曰、善哉、峩峩兮若泰山。
志在流水、鐘子期曰、善哉、洋洋兮若江河。伯牙(はくが)琴を鼓するに志の高山に在れば、鐘子期(しょうしき)曰く「善きかな、峩峩たること泰山のごとし」と。
志の流水に在れば、鐘子期曰く「善きかな、洋洋たること江河のごとし」と。
漢詩を鑑賞するには教養が必要だ。それだけに難しくもあり奥深くもある。その点、教養あるAIの示唆は鑑賞に大いに役立つ。鈴木豹軒は新潟県出身の京都帝国大学名誉教授。専門は中国文学で漢詩人としても知られていた。文化勲章受章者でもある。
真備公が琴を弾いた岩だというが、菅公が腰掛けた岩だってたくさんある。単なる伝説に過ぎないように思えるが、美しく奥深い漢詩によって顕彰され、歴史ある祭りが続けられている岩だ。すでに真備公の魂の依り代へと昇華しているに違いない。

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