大正

津山のモダニズム建築

美作の小京都、津山市の魅力は旧出雲街道沿いにある。令和2年の暮れに城東地区に続いて城西地区が重要伝統的建造物群保存地区、いわゆる重伝建に選定された。江戸の面影を残す城東地区に対して、城西地区は大正ロマンで楽しませてくれる。岡山からわざわざ訪...
江戸前期

逆境を経験した者だけが知るつらさ

惨殺された侍女が化けて出たり祟りをなしたりする話がある。もっとも知られるのは皿屋敷伝説で、このブログでも「怪談・播州皿屋敷」「摂州皿屋敷」「米子皿屋敷の舞台を訪ねて」「ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ」で紹介した。本日の話題には皿数えは登場しな...
江戸中期

隔てぬ影や秋の夜の月

赤穂四十七士はみな赤穂出身かと思ったら、そうでもない。神崎与五郎、茅野和助、横川勘平の三人は美作出身で、特に神崎と茅野は作州津山にゆかりがあるそうだ。大石神社社務所『実証義士銘々伝』には、神崎について次のように記されている。与五郎は、美作の...
安土桃山

執権北条氏の末裔が築いた堅城

古墳も山城も終末期にもっとも技巧的になる。その特色は古墳では精巧な石組、山城では横堀や畝状竪堀に見られるように思う。本日紹介する山城は大規模かつ見応えのある造りで、つづら折りの険しい登城路を息切れしながらも登る価値がある。さっそく紹介しよう...
安土桃山

毛利勢最前線の堅城

東西の峰がある麦飯山(むぎいやま)城には四度目のチャレンジでコンプリート出来た。最初は何年前のことだったか横田公園から西峰に登ったものの、頂上付近が藪と化していたため撤退した。二度目は比較的最近のことで西峰登頂に成功し、二重堀切を二か所確認...
安土桃山

最後まで頑張った宇喜多の城

「ご挨拶代わりに」とちょっとした贈り物をするのは、私たちの美徳だろう。もちろん手ぶらでも何の問題もないが、ちょっとした気遣いはうれしいものだ。これは現代の職場に限った話ではなく、封建領主でも事情は同じらしい。本日は名門越前松平家による領民へ...
江戸中期

飛地の領民を救った名代官

「おぬしもなかなかの悪よのう」「いえいえ、お代官さまほどでは」「なに、わしを悪人呼ばわりするとな」「めっそうもございません。お代官さま」と、代官といえば、悪代官のイメージが強すぎる。しかしそれは失礼な話で、美作国内の天領には早川代官のような...
安土桃山

岡山県北の倉敷にあった名城

岡山県の倉敷市というと、美観地区、瀬戸大橋、ジーンズなどで全国的に知られる都市である。市制を施行する前、すなわち明治半ばから昭和初めまでは「倉敷町」であった。ところが県北にも「倉敷町」があり、どっちがどっちやねんと混乱が生じたらしい。そのた...
平安

承平年間に築かれた平家城

山城には必ず削平された曲輪がある。しかしながら、山中の平らな土地が必ずしも山城とは限らない。本日扱う山城は『美作国の山城』には掲載されているが、『岡山県中世城館跡総合調査報告書(美作編)』では扱われていない。いったい、どういうことだろうか。...
安土桃山

毛利勢が高所に築いた砦を巡る

読めそうで読めない山に旧津山市内最高峰の「天狗寺山」がある。「てんぐうぎさん」と読むのだが、初めは誤植かと思い二度見したくらいだ。ならば登ってみようと、私は大佐々神社から背後の稜線をたどる山路に足を踏み入れ、とりあえず烏山(からすがせん)に...