gyokuzan

江戸後期

鳥取を襲った天保の大飢饉

○此頃乞食等府下を横行すること雲霞の如くに相なり家々の傘足駄の類を盗掠すること甚しく寸暇も油断ならず諸家粥或は白水のとゞなどを煮て恵む者あり又家によりては戸口に閂の如く竹を横へて一切之を防ぐもあり○梶川辺に行倒貧人あり母死して二人の小児其傍...
弥生以前

海が蝕んだ後、水から離れた洞窟

人が喰えば「食」だが、虫が喰ったら「蝕」である。だから蝕には「むしばむ」という訓読みがある。虫はパクっと食べるのではなく、カリカリと少しずつ食べていく。このことから、もとの形がだんだんと欠けていくことは「蝕」で表す。すなわち、日蝕、月蝕、浸...
安土桃山

補給路を守った忠義の武士

敵の補給路を断つことは勝敗を決定付ける重要な戦略である。今般のウクライナ戦争におけるキーウ攻防戦ではロシア軍の補給を止める作戦が行われたし、東部戦線では逆にウクライナ軍の補給路が断たれている。それは本朝戦国の世でも事情は同じ。敵の補給路を完...
江戸中期

クラウドファンディング犬の物語

クラウドファンディングのクラウドは、ネット上の「雲」のことかと思ったら「群衆」という意味だった。人々から寄附を募って何かを成し遂げようとするのは、今に始まったことではない。奈良の大仏の造立にあたっては行基が勧進活動を行ったというし、鎌倉大仏...
戦前戦中

自然災害伝承碑に学ぶ

現代に続く近世の城下町は大きな河川の流れる沖積平野に形成された。これは治水技術が向上したからこそ可能になったのだが、自然の猛威は人間の技術力をしばしば上回った。鳥取の千代川は暴れ川で、記録に残る洪水は、江戸時代から明治に至る250年間におよ...
奈良

国道上にある空中郡衙

「郡」という行政区画に何の意味があるのか分からなくなり、その名称さえ忘れ去られようとしている。広島県北部に双三(ふたみ)郡があった。地図上にその名はないものの、区画は現在の三次市に近い。平成の大合併により期せずして双三郡が復活したように見え...
古墳

竈のある暮らし拝見

ブログ開設以来の総アクセス数が78万を突破しました。これまでのご愛顧に感謝申し上げるとともに、今後いっそうの精進を誓います。何卒よろしくお願い申し上げます。いつもの台所にも時々革命が起きる。近年最大の変化はIH調理器の普及だろう。何しろ火を...
弥生以前

名は残らずともお墓は残る

古い墓はすべて「古墳」なのかと思ったら、そうではないようだ。古墳時代に造られたお墓を古墳という。いや古墳が造られた時代だから古墳時代と呼ぶのだと思うが、弥生時代のお墓は「墳丘墓」、中世以降のお墓は「墳墓」と呼んで区別している。おなじ大昔でも...
大正

戦利品だった水力発電所

便利なものはすべて電気で動く。灯り然り、スマホ然り、もちろんこのPCも、そして自動車の電化が加速している。非常時最大の課題は、電源の確保と言って過言ではなかろう。いっぽう今、世界各国で合言葉のように叫ばれているのが、脱炭素化によるカーボンニ...
南北朝

後醍醐天皇はどこを通ったか

隠岐配流の後醍醐天皇は美作から伯耆へ抜けたのだが、どのようなルートだったのだろうか。アーカイブス「後醍醐天皇の休石」で紹介したコラムによると、遷幸ルートには次の4説があるという。①「岡山県久世から中和村を経て、鳥取県の下蚊屋に入った」②「岡...