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戦前戦中

東京都の恩人の命日

白河の清きに魚もすみかねて…、この狂歌のせいか、学校で習ったころから松平定信のイメージがどうもよくない。決定的だったのは、みなもと太郎『風雲児たち』を読んだときである。田沼意次の新政策に共感すればするほど、定信が頑迷固陋の政治家に思えてしか...
江戸前期

奥の細道の起点

国語の教師で奥の細道ゆかりの地を巡る旅を何年間にもわたってやっている人がいた。月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり、人生は旅そのものJourneyであることを実感しようとしていたのだろう。江東区深川2丁目に「採荼庵(さいとあん)跡...
江戸後期

地図づくりの神様

子ども向けの偉人伝によく登場したこの人物。50歳を過ぎてから勉学に励みGPSにも負けず劣らずの精緻な地図を作成した。努力の人である。精神一統何事か成らざらん、の人である。江東区富岡一丁目の富岡八幡宮に「伊能忠敬翁銅像」がある。伊能忠敬の史跡...
戦後

ハエを退治した場所

ゴミの山を名付けて「夢の島」とは、さすがに東京はすごい。都会はスケールの大きさ、発想の大胆さが違うと感心したものだ。昭和の東京を象徴する場所の一つである。江東区に「夢の島」がある。夢の島公園という都会的で爽やかな公園となっている。夢の島につ...
戦後

第五福竜丸に学ぶ

原発事故の収束の見通しが持てない中で、また首相交代の季節になった。ボスニア・ヘルツェゴビナという国は国家元首が輪番制で8か月ごとに交代するという。代表がコロコロ変わるなんて国が安定していない証拠だと勝手に思っていたら、政治に責任を負うシュピ...
戦後

震災が変えた景観

軍艦島というのが能登半島にあるそうだが見たことはない。私は茨城の海岸でそれを見た。太平洋や日本海のような大海を知らない井の中の私は、磯原に接岸した木々で擬装した軍艦に驚いた。その日は天気が良く海水浴を楽しむ人で賑わっていた。北茨城市磯原町磯...
江戸後期

異人上陸事件

大震災以来、天皇陛下におかれては被災地を相次ぎ訪問されている。ありがたいことだと思う。国民の精神的支柱だと改めて思う。茨城県のホームページの県政ホットニュース(公開日2011年4月26日)を引用しよう。天皇皇后両陛下 北茨城市をご訪問 天皇...
戦前戦中

日本軍の大陸間弾道弾

風船爆弾。メルヘンチックな「風船」にそれとは不釣合いな「爆弾」が組み合わさり、よく言えば不気味な新兵器、はっきり言ってしまえば、おもちゃまがいの珍兵器のイメージである。しかし、実際は科学技術の粋を集積したハイテク兵器であった。そのことは鈴木...
戦後

ウォーナー伝説の史跡

先の大戦で東京や大阪、名古屋などの都市は激しい空襲を受けたのに、京都や奈良、鎌倉はほとんど無傷だった。なぜか。それは、古都の文化財を守るためアメリカが配慮したおかげである。このことは、かつての常識であった。北茨城市大津町五浦の茨城大学五浦美...
大正

土饅頭に眠る天心

二十年ほど前、初めてスキーに行ったのが妙高高原(新潟県)で、その時泊まったのが赤倉温泉の「岡倉」という民宿だった。宿のパンフレットには「岡倉天心ゆかりの宿」というキャッチコピーがあったが、どのようなゆかりなのか分からなかった。そして、岡倉天...