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源平

華麗なる平家のページェント

何度も言うが、NHK大河ドラマ『平清盛』は変革の時代を活写した素晴らしい作品だった。新しい発想によって歴史を動かした先駆者としての清盛を余すことなく描いていた。制作側としては、視聴率が取れなかったのは興行的に失敗だったろうが、視聴者としては...
江戸中期

室津本陣の薄明り

『陰翳礼讃』という谷崎純一郎の随筆がある。LEDの光に慣れると少々の光では薄暗く感じてしまう。『陰翳礼讃』はその対極にあって、陰影の美しさを教えてくれる名文である。平凡社の雑誌『太陽』の昭和59年2月号の特集は「陰翳礼讃」であった。古い家屋...
奈良

山部赤人が見た風景

瀬戸内海の美しさは多島美にある。この日、天気はやや不安定で、晴れたり曇ったりしていた。写真では沖の方だけが照らされている。神はこういう一条の光とともに舞い降りるものだと高校生の頃に思ったことがある。そんな光を現国の先生は「太陽のまつ毛」と呼...
平安

瀬戸内海賊の敗残兵

落人といえば平家伝説だと思う。源平合戦のみならず、日本史上の数多の戦乱において、引き分けでなければ敗者はいた。残党狩りもあったことだろう。追及を逃れて山里深く落ち延び、生き長らえた者もいたに違いない。今日の史跡は落人伝説の里である。相生市野...
江戸中期

天明の打ちこわし・相生編

「サムサノナツハオロオロアルキ」とは「雨ニモマケズ」の一節である。これが冷夏のことだと知るのに時間がかかったし、冷夏によって本当に米不足になるのだと知るのにもずいぶん時間がかかった。平成5年の冷害は江戸時代ならば飢饉が発生したに違いない。あ...
江戸前期

大石内蔵助お気に入りの庭

元禄赤穂事件(忠臣蔵)の主役、大石内蔵助のリーダーシップ、危機管理能力、そして駆け引きの上手さには感心させられる。確かに偉大な人物だと思う。しかし、考えてみるがよい。彼を歴史の表舞台に引き出したのは、主君・浅野内匠頭の刃傷事件である。普通あ...
飛鳥

うつほ舟でやってきたVIP

「大魔神」が50年ぶりに太秦に復活した、と14日の京都新聞のサイトが伝えている。埴輪の武人像のような大魔神が約6mの大きさで商店街に立っているという。懐かしげに報道しているのだが、私にはさっぱり分からない。少々世代がずれているようだ。それよ...
江戸中期

目の病を治した井戸

講談を生で聞いたことがないが、張り扇で釈台を調子よく叩いて、見てきたような嘘をつくらしい。嘘であろうが、本当のように聞こえて面白ければ、聞く価値があるというものだ。赤穂義士を扱った演目も多いが、その中に『神崎の詫証文』というのがある。今日は...
平安

和泉式部の雨宿り

シダレグリには伝説がつきもののようだ。長野県上伊那郡辰野町では弘法大師が栗の実を分けてくれたお礼にと枝を垂らしたという。岡山県真庭郡新庄村では後鳥羽上皇が箸に使った栗の枝を逆さに挿したものが枝垂れ栗となったという。相生市若狭野町雨内に「和泉...
江戸前期

赤穂で続いていた浅野家

元禄14年(1701)の浅野内匠頭(たくみのかみ)の殿中刃傷事件により、赤穂藩はお取り潰しとなった。家老・大石内蔵助は内匠頭の弟・大学によるお家再興を期待していたが、それもならず、同志とともに討ち入りに及ぶ。大学は広島の浅野宗家にお預けにな...