「てんかさん」は天下にあらず

「てんかさん」と聞くと天下人を連想し,秀吉関係かと思ったら,そうではなかった。今日紹介するのは越部荘,藤原俊成の荘園にかかわる史跡である。

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たつの市新宮町市野保に「てんかさん」がある。

たつの市の指定文化財となっているが,「てんかさん」は通称ではなく指定名称である。「越部禅尼の墓」だということだ。では,越部禅尼とは誰か。

説明しよう。血筋では藤原俊成の孫,藤原定家の姪にあたる。新古今集を代表する女流歌人の一人で,「俊成卿女」として多くの歌を収めている。俊成の娘とされるのは,実父が鹿ケ谷の変に連座したため俊成の養女とされたことによる。一首紹介しよう。

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橘のにほふあたりのうたた寝は夢もむかしの袖の香ぞする

現実世界の橘の香り,うたた寝,そして夢,出てきたのは昔の恋人,夢の中での香り。夢とうつつが交錯する情感のこもった歌である。保田與重郎は『日本語録』で「幽玄にして唯美な作として、俊成女ほどに象徴的な美の姿を、ことばで描き出した詩人はなかつた。」と絶賛している。

「俊成卿女」は俊成の越部荘の一部を与えられ,仁治二年(1242)頃に都を離れこの地に隠棲し,建長六年(1254)に亡くなったという。それゆえ,越部禅尼という。禅尼のお供として来ていた榊原家によって祠が建てられた。今では知恵の神様として信仰されている。

「てんかさん」は藤原定家のお姉さんの娘というゆかりで名付けられたようだ。史実に基づいて正確に説明されるより,「てんかさん」と呼んだほうが,ありがたい気がしてくる。

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