戦後

円形劇場のような棚田

記事の総数が1500に達しました。これもひとえに閲覧いただいた皆様のおかげと深く感謝申し上げ、良質な内容の情報をお届けするべく努力してまいります。今後ともよろしくお願いいたします。「これはヒガンバナいうてな、秋のお彼岸になるとかならず咲く花...
大正

線路は延びるよ、どこまでも

好発進した大河『麒麟がくる』は、クライマックスの本能寺の変をどのように描くのだろうか。明智光秀の動機は日本史上最大の謎とされ、怨恨説や野望説、陰謀説など様々に語られてきたが、近年注目されているのが「四国説」である。岡山の林原美術館が所蔵する...
江戸後期

米子皿屋敷の舞台を訪ねて

「いちまーい、にまーい、さんまーい……じゅーまーい、じゅーいちまーい…じゅーはちまーい」「おいおい、お菊さん、あんたが数えるのは9枚までじゃないのかね」「なに言ってんだい、働き方改革さ。倍数えたから、明日は休ませてもらうよ」幽霊であっても、...
戦前戦中

二・二六に斃れた憂国の士

アベ応援団は真の右翼ではない。既得権益を守るのに汲々としているエゴ集団に他ならない。プラスもマイナスもない現状維持という意味では保守かもしれない。しかし、真の保守、真の右翼は変革を恐れない。我が国が連綿と培ってきた伝統的な価値観に照らして憂...
大正

詩(うた)の心は無くもがな

ひところ銀色夏生にハマっていた。角川文庫の『わかりやすい恋』とか『君のそばで会おう』は、今も家のどこかにあるだろう。『わかりやすい恋』では美少女フォトが詩のイメージをふくらませていたが、モデルは歌手デビュー前の森高千里だという。詩は多くを語...
江戸前期

小童っぱに過ぎたるもの

城の美しさは天守ではなく、石垣にあると聞いた。近世城郭の端正で凛としたイメージは、石垣の印象によるのだろう。本日紹介する米子城は石垣の美に加え、眺望も抜群の秀麗な城である。米子は「殿様のいない城下町」だという。この城を預かったのは一国一城の...
大正

幻の鉄道、播電を探しに

姫新線の播磨新宮駅まではICOCAが使えて都会的だが、車両は気動車である。ところが、いまから百年前には新宮に電車が走っていたというから驚きだ。ただし、後から敷設された姫新線に客足を奪われ廃止されてしまった。その要因は行先。電車が網干港とを結...
江戸中期

寛政六年のナビゲーター

今はGPSなるものがあるから困らないが、昔の旅は大変だったろう。目的地まであとどれくらいあるんだ?本当にこの道でいいのか?この分かれ道はどっちに行けばいいんだ?迷いと不安が尽きることがなかったのではないか。GPSがなかった頃、私は登山でもな...
江戸前期

吉田松陰を裁いたお奉行さま

「仮定の質問にはお答えできません。」という逃げ口上を政治家の記者会見でよく耳にするが、「現時点で、もし我が国の原発が弾道ミサイルで攻撃を受けたらどう対処するのですか?」に答えられないようでは、国民の安全を保障する政府として失格だろう。「もし...
弥生以前

吉備連合、東部戦線に異状あり

姫路駅を出る姫新線の汽車は播磨新宮駅行きが多く、ICOCAは播磨新宮駅まで使える。これはこの地がベッドタウンとして、姫路を中心とする生活圏域を構成していることを意味している。そういえば播磨自動車道も今のところ播磨新宮ICまで通じている。知ら...