安土桃山

秀吉の播磨攻め、最後の攻防

ブログ開設以来の総アクセス数が70万を突破しました。これもひとえにみなさまのおかげと感謝し、今後も旅のお供となるよう記事となるよう精進してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。信長最大の危機は天正六年(1578)に訪れた。もっと危機感...
幕末

本多の流れを汲む者は

江戸時代に大名として最も栄えたのは本多氏で、大名13家、旗本は45家を数えたという。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)もっとも有名なのは徳川四天王の本多忠勝、大河『真田丸』の藤岡弘のイメージが強い。次は名参謀の本多正信、『真田丸』の近...
安土桃山

官兵衛の次男はどこで生まれたか

黒田熊之助という名はあまり聞かないが、大河ドラマに登場した歴史上の人物である。『軍師官兵衛』45話「秀吉の最期」の冒頭で、その悲劇的な死が描かれた。父官兵衛や兄長政に認められたい一心で朝鮮に渡ろうとし、遭難したのである。その熊之助ゆかりの地...
安土桃山

因幡街道を押さえる新免氏の城

五輪については批判的か感動的か、いずれにしても感情に訴える記事ばかりが目についたが、歴史家の渡邊大門氏がヤフーニュースに面白い記事を書いていた。フェンシングに宮本武蔵が出場したなら金メダルが取れるという。その根拠は養子伊織の建てた「小倉碑文...
古墳

前方後方墳のまち勝央町

どちらかといえばマイナーなほうを好む傾向があるので、前方後方墳が好きだ。ある調査報告書によれば、美作地方に前方後方墳が8基あるという。(岡山県埋蔵文化財発掘調査報告30「久米三成4号墳」昭和54年)すべて列挙してみよう。久米三成4号墳、楢原...
南北朝

その忠烈、鬼神をして泣かしむる

皇位継承の在り方について検討していた有識者会議が、女性皇族が結婚後も皇室に残る案と旧宮家の男系男子を養子縁組する案を示した。女性・女系による皇位継承に寛容な国民世論とは乖離した内容であり、本気で皇統を守ろうとする気概が感じられない。保守派に...
江戸前期

尊王論、もう一つの源流

四年に一度の世界の祭典が終わった。バッハ会長から「五輪開催には犠牲が必要」と言われ、諾々と従うほかなかった私たちは何を得ることができたか、今一度考える必要があろう。会長はペリー、マッカーサーと並び称され、その言動は日本人をして「尊王攘夷の志...
弥生以前

東では岩宿の発見、西では沼の発見

竪穴住居の耐用年数は20年だという説があるが、その根拠は伊勢神宮の式年遷宮が二十年に一度だからだそうだ。茅葺の屋根は傷みやすいから、実際にはもう少し短いようだ。ある調査では13年という数値が示されている。津山市沼に「沼弥生住居址群」がある。...
安土桃山

この両条、肝要の儀にさうらふ

公文書改竄を平気で行う現在の政府にはアーカイブの重要性が理解できないようだが、中国の覇者毛利氏はよく分かっていた。元就や吉川、小早川の出した文書は原本の保管、写しの作成など大切に管理され、「毛利家文書」や「閥閲録」として今日に伝えられている...
南北朝

因幡の藤原景清とは何者か?

悪七兵衛景清については、「日の立つ国の光明というイメージ」など、このブログで何度か各地の伝説を紹介した。『平家物語』から始まって、幸若舞、古浄瑠璃、義太夫節、歌舞伎という各種芸能で扱われることにより、英雄化、伝説化が進展したのであろう。しか...